植松死刑囚との37回の接見、4年にわたる取材から、犯罪史に残る凶悪犯の実像と、彼を生んだ社会の闇が浮かび上がる……。
神奈川新聞取材班による書籍『やまゆり園事件』(幻冬舎)を引用し、植松聖死刑囚の犯した惨劇の実情を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
※本文中には、殺害の様子など凄惨な場面描写があるほか、植松聖死刑囚による障害者に対する差別的な発言がありますが、事実に即して掲載します。この事件の詳細を正確に伝えるとともに、差別の実態を明らかにするためです。また、登場する方々の敬称は原則、省略します。年齢、肩書きは一部を除き、2020年7月時点のものです。
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「しゃべれるか」確認して襲撃
26日午前2時ごろ、相模原市緑区の津久井やまゆり園。すでに多くの入所者が就寝し、園内は静寂に包まれていた。
東居住棟1階の女性専用「はなホーム」。部屋や廊下の照明は落とされ、非常灯と常夜灯だけがぼんやりと周囲を照らしていた。1時間に1回の巡回のため、夜勤担当の女性職員は支援員室を出た。脱衣所にあった洗濯物を片付け、112号室から順番に部屋を見て回ろうと考えていた。
110号室の前を通りかかった時だった。開いている部屋のドアから、入り口近くに置かれたタンスの前に座っている人影が目に入った。男が膝をついて何か作業をしているように見えた。入所者の男性だろうか。そう思ったのと同時に、部屋の奥の窓ガラスが割れているのに気づいた。フローリングには割れたガラス片が散らばっていた。
「誰?」。そう声をかけると、男は立ち上がって無言のまま近づいてきた。手には刃の細長い包丁が握られていた。侵入したばかりの植松だった。職員の腕をつかんで「騒いだら殺す」と脅し、2本の結束バンドで職員の両手首を縛り上げた。
部屋のベッドに横たわっている美帆さんは身動きせず、眠っているように見えた。植松は小さな声で言った。「こいつはしゃべれるのか」。職員が「しゃべれません」と答えると、植松は布団をはがして中腰のような姿勢で包丁を数回振り下ろした。美帆さんは「うわっ」と苦しそうな声を漏らした。刺し傷は上半身に計5カ所、深さは最大でセンチにも達していた。
植松は110号室から職員を強引に連れ出すと、111号室の前ですぐに立ち止まった。ドアの開いている室内には2人の入所者が寝ているはずだった。植松は部屋の方に視線を向けたまま、「しゃべれるのか」と再度尋ねた。「しゃべれません」。職員がそう答えると、あぐらをかいた状態で座り、上半身を台に預けるような姿勢で寝ていた女性の背中に2回、3回と包丁を振り下ろした。事件後に押収された包丁の1本は先端が欠けており、折れた刃先がこの女性の体内から見つかった。
その後も植松は職員を連れ回して会話ができるかどうかを確認しながら、話せない入所者を狙って次々と襲っていった。職員が「しゃべれます」と答えた部屋は素通りし、次の部屋へと足を向けた。犯行中、植松が「こいつら、生きていてもしょうがない」とつぶやくこともあった。