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目の前の廊下は一面が真っ赤に染まっていた

 5番目に襲われた「いぶきホーム」の死傷者数は計15人。襲撃された6つのホームの中で最も多かった。「それまでに刺した人数があまりに少ないな、と」。裁判の被告人質問で植松はそう語り、手当たり次第襲っていた実態が浮き彫りになった。

 植松が最後に向かったのは、「いぶきホーム」に隣接する男性専用「すばるホーム」。夜勤の男性職員が支援員室でパソコン作業をしていると、「いぶきホーム」側の扉が開いた。仮眠を取っていた別の夜勤職員が戻ってきたのだと思い、顔を向けるとキャップをかぶった見知らぬ男が立っていた。血の付いた包丁を手に持ち、「心配ないから」とだけ言った。身の危険を感じた職員は何も答えず、椅子から立ち上がると同時に、開いていた反対側の扉の方に駆け出した。

 廊下に飛び出す際に後ろ手で扉を閉めようとしたが、植松に手をかけられ拒まれた。「すばるホーム」の奥へと無我夢中で逃げた。「大丈夫」と声をかけながら、植松がすぐ後ろから迫ってくる。空いている奥の部屋に逃げ込み、中から引き戸の取っ手を必死で押さえた。植松は3回、4回と無理やりこじ開けようとしたが、やがてあきらめたようだった。

「じゃあ、いいや」。引き戸の向こうから、そんな声がした。

 持っていた携帯電話で110番通報している間にも、近くの部屋から入所者のうめき声が絶え間なく響いてきた。発信履歴の時刻は午前2時45分だった。しばらくたってから職員が部屋の外の様子をうかがうと、植松が握りしめた引き戸の取っ手には血がこびりつき、目の前の廊下は一面が真っ赤に染まっていた。

犯行終了、ツイッター更新

 午前2時48分。園に設置された防犯カメラに、正門から敷地外の路上に向かって歩く植松の姿が記録されていた。園内に侵入した午前1時43分から1時間余りで、入所者19人が殺害され、職員2人を含む26人が重軽傷を負った。犠牲者の大半が首を刺されたことによる失血死だった。持ち込んだ5本の刃物のうち、2本が園内から見つかった。

 午前3時5分ごろ、植松は園から東に約7キロ離れた県警津久井署に出頭した。犯行後、自首することは決めていた。「錯乱による犯行ではない」とアピールすることで、「意思疎通のできない障害者は安楽死させるべき」という自身の主張の正当性を社会に訴える狙いがあった。逮捕後の調べに対し、植松は被害者への謝罪を口にすることはなく、障害者への独善的な主張を繰り返した。

《世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!》

犯行直後、ツイッターに投稿した画像。当時、米大統領選候補だったトランプ氏をイメージしていた 写真=神奈川新聞社提供

 犯行直後の午前2時50分、植松は自身のツイッターでそうつぶやいた。金髪で、黒のスーツに白いワイシャツ、赤いネクタイ姿。メッセージに添えられていたはにかんだ笑みを浮かべる自撮り写真は、植松が2時間ほど前に用意した画像だった。

 計画は完遂された。刃物による殺人事件の犠牲者数としては戦後最悪という結末で。

【続きを読む】「ずいぶんイカれてますね」植松死刑囚が獄中で残した奇怪な手記・イラストの数々

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