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破婚は死を意味するほど重大だった

 いろいろの変遷がありました。

 そして、いろいろの事件やら紛争がありました。しかし、その中で、私は終始一貫して、妻である私と、女優である私の血闘をくりかえしながら、春を迎え、秋を送り、雨の日も風の日も、20年間、渋谷天外とともに生きてまいりました。

 それゆえに、破婚は、私にとっては、私という人間にとっては、死を意味するほど、重大なものでございました。

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 しかし、それからの15年の歳月は、私をさらに成長させてくれました。

 女性として、結婚を全うできなかったことは、悔やんでも悔やみたりないことでございます。では、人間としては、何を失ったでしょうか。では、女優としては、何を失ったでしょうか。

 何も失っていないばかりか、私は、渋谷天外さんとの20年で、たいへんいろいろなものを得たのでございます。

渋谷天外を平伏さす、りっぱな仕事を残したい

 普通の夫が普通の妻に与えるものは、信頼と愛情でしかありません。私は、渋谷天外との結婚生活で、その二つを、完全に、自分のものにすることはできなかった不幸な妻かもしれませんが、女優としては、いろいろの大きな財産を受けたと思っています。私の、今日あるのは、そのときの忍従と苦難との上に開いた花だ、と思っています。

写真はイメージです ©iStock.com

 私はきょう、あらためて渋谷天外さんに、偽りないところ、心こめてお礼が言いたい気持ちであります。

「よく、ひっぱたいてくださいました。よく、だましてくださいました。よく、あほうにしてくださいました。ありがたく御礼を申しあげます。だからこそ、今日の浪花千栄子が、どうやらここまで歩いて来られたということを感謝いたします。

 そして今後は、そろそろライフワークに取りかかるときかと存じています。20年のあなたとの辛酸の体験に物言わせて、人間渋谷天外を、平伏さすようなりっぱな仕事を残したいものと、念願いたしています」

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水のように

浪花 千栄子

朝日新聞出版

2020年11月6日 発売