昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/05/01

genre : ニュース, 社会

現場は地元住民の生活圏にあった

 1912年、農業が主な産業だった川崎町(現・川崎区)は工場誘致を開始。以降、多摩川沿い~臨海部に日本鋼管(現・JFEスチール)や、鈴木商店(現・味の素)、浅野セメント(現・太平洋セメント)の工場が次々と建設、工場地帯として発展していった。日本初のレコード会社で、米コロムビア・レコードと提携関係にあった日本蓄音器商会(現・日本コロムビア)はそういった流れに先駆けて川崎町に本社工場を構える。最寄り駅はコロムビア前駅と名づけられ、44年には港町駅と改称。そして、70年後の2014年に改装される際、“レコード発祥の地”というイメージを打ち出したのだ。ちなみに、日本コロムビア・川崎工場は07年に閉鎖され、跡地は現在、マンション〈リヴァリエ〉になっている。港町駅の改装もその建設に合わせて行われた。

川崎区の工場 ©細倉真弓

 港町駅北口を出ると、そのまま、リヴァリエの敷地に入り込むことになる。見上げれば、29階建てのいわゆるタワーマンションが青空に突き刺さっている。周辺にはほかに高い建物がないため、その大きさが際立つ。綺麗に整えられた芝生が日差しを浴びて輝く中を歩いていくと、エントランスから、中年の白人男性とヒジャブを被った女性、大きなサングラスをかけた少女が出てくるところだった。いかにも裕福そうな家族だ。A棟とB棟があるリヴァリエは、さらにC棟が建設中(取材当時)で、最終的には3棟の巨大なマンション群になるのだという。

 やがて、道は多摩川の土手に突き当たり、下流の方向に味の素の工場と立派な水門が見える。1928年に建設、現在は登録有形文化財となっている、その昭和モダニズムを感じさせる川崎河港水門の足元の河川敷で、少年は暴行を受け、事切れたのだ。報道を通じて、現場はひと気のない場所だという印象を受けていたが、実際は地元住民の生活圏にあった。しかし、取材(2015年10月)の8カ月前に何が起こったかを伝えるのは、安全管理の観点から献花を撤去したことを記した、川崎区役所こども支援室による立て看板と、それに向かって手を合わせるのがむしろ場違いな我々のみだ。少年が迫り来る死に怯えながら泳いだ水面に釣り糸を垂れる親子が、珍しそうにこちらを眺めている。

z