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ひどい環境から抜け出す手段としてラッパーという選択肢をつくれた

 2WINも感慨深そうに頷く。

「オレらと同世代とか下の世代とかでやんちゃなヤツは、もともと、オレらの名前は知ってたと思うんですよ。そのへんはオレらが仕切ってたんで。逆に言うと、そいつらはオレらがどんな状況にいたかも知ってる。だからこそ、ここまで来たっていうことが本当にすごいとわかるはずだし、それができるラップっていう表現が魅力的に見えたと思う」

「川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢をつくれたかな」

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 しかし、T-Pablowの表情は次の瞬間には曇り、苦闘はいまだに終わっていないことが窺えた。

「妬むヤツもいますけどね。『あいつら、上にこき使われてたのに偉そうになって』みたいな」

BAD-HOPのメンバー(取材当時)のAKDOWの手に彫られたタトゥー ©細倉真弓

不良だったら殺さない

 一方、地元の祭りに2WINと共に足を運んだBAD HOPのメンバーのTiji Jojoは、群衆の中で目に留まった顔にハッとした。それは、前述した中1殺害事件の主犯格・少年Aの姉で、彼女はJojoの中学時代のガールフレンドだった。また、少年Aは2WINやJojoと同じ中学校出身で、ひと学年下に当たる。

「弟に関してはほとんど付き合いはなかったけど、変わってるヤツという印象でした」

「マンガでいうところの、電柱から顔を出してこっちの様子をうかがうキャラみたいな。不良にあこがれがあるけど、輪には入ってこられない」

「同い年にも不良がいるけど、そいつらには太刀打ちができないから、もっと下の子を引き連れるっていう」

「事件のときも、暴力に慣れてないから、止めどころがわからなかったんだと思う」

「不良だったら殺さないよな」

「不良だったら殴られたこともあるし殴ったこともあるから、どこまでやったらまずいかわかる」

「あれは川崎の不良が起こした事件ではなくて、そこからはみだした子が起こした事件ですね」

 あるいは、容疑者たちが、BAD HOPや彼らにあこがれる少年たちのようにラップを始めていれば、結果は違ったのかもしれない。川崎の不良少年は、目隠しをしてタイトロープを渡っているようなものだ。なんとかゴールまで行き着いたBAD HOPは、続く少年たちに手を差し伸べる。しかし、目隠しを取った彼らには、その背後に広がる荒んだ光景がはっきりと見えるのだった。

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