デビュー戦の佐々木朗希にかけた言葉

 ちなみに吉井コーチには2度目の初先発がある。メジャー初先発である。ニューヨーク・メッツに入団して迎えた1998年4月5日のピッツバーグ・パイレーツ戦(シェイ・スタジアム)で初登板初先発し、メジャー初勝利をした。その時のことは鮮明に覚えている。そして当時、メッツで監督を務めていたボビー・バレンタイン監督から言われた言葉が忘れられない。

「試合前に『今日はキミの日だ。Have some fun(楽しんできてね)』と言ってもらった。ああ、日本でのプロ初登板の時はその気持ちがなかったなあと思い返した」

 だから佐々木朗希にもデビュー戦で「楽しんでこい。好きなように気持ちよく投げてこい。色々と考えなくてもいい」と言って送り出した。佐々木朗希の表情はとても落ち着いているように見えた。

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「佐々木朗希は去年、実戦は投げていなくて、今年は二軍で5試合。その前は高校3年までさかのぼる。それで一軍デビュー戦であのピッチング。たいしたものだと思う」と吉井コーチ。ただ試合後に初先発の感想を聞くと「無我夢中で、よく覚えていないです」と言われ、思わず笑った。

 吉井コーチは苦いプロ初先発から日本で89勝。メジャーで32勝を挙げ、引退後はファイターズ、ホークス、そしてマリーンズでコーチを務め、沢山の若い選手たちを一軍の舞台に送り出し続けている。そんな吉井コーチがプロの舞台で活躍をするキッカケとなった秘蔵エピソードを最後に紹介する。本人談なので嘘のような本当の話だ。

「宮崎での日向キャンプ中の休日になんとかシュートを覚えようと自分でいろいろと考えて行き詰って本屋に入ったら田淵幸一さん監修の野球本があった。その中に載っていたシュートの握り方を試してみたら、イメージ通りに曲がった。今、思うとなんで田淵さんが球種について語っていたかはわからないけどね。でもあれがキッカケ。やっぱり自分で考えて探して見つけたものは大きい。だから選手たちにもなるべく自分で考えさせるように導いてあげて、なにかを見つけ出してほしいと思っている」

 通算474本塁打の田淵氏が、なぜシュートの握りを本の中で解説したのかは今となっては謎だが、それがキッカケとなり、あれほど一軍打者を抑えるのに苦しんでいたのが噓のように凡打の山を築けるようになった。人生とは本当にわからないものである。だからこそ吉井コーチは指導者として選手たちに色々なキッカケを提供したいと考えている。

 5月27日、2度目の先発で佐々木朗希はプロ初勝利を挙げた。一生、忘れられない思い出の舞台は甲子園であった。「上出来。細かいことを言えばいっぱいあるけど、これからの子で賢い子なので。本人も気づいていると思うので次にしっかりと生かしてほしい」と吉井コーチは目を細めた。そしてマスコミから試合前にどのような言葉を言って送り出したかと問われると「2回目なんで好きにやれと送り出しました」と言うと満面の笑みを浮かべた。変わらない流儀がそこにはあった。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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