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 ケリをつけるといっても悲壮感はないし、「そういう時期だな」という納得もあったんですが、ほかの出演者に聞いたら「BSに行こうよ」って言うし、「あんたが来なきゃ話にならないだろう」って話になった。「じゃあ、もう一回立ち上げるか」と、自分の気持ちを整理し直す作業があったんです。

――BSに移行後も、レギュラー陣の井崎脩五郎さん(73)、清水国明さん(70)、山口良一さん(66)、笑福亭笑瓶さん(64)、風見しんごさん(58)、深沢邦之さん(54)、それにアシスタントの元フジテレビアナウンサー小島奈津子さん(52)らが変わらず出演しています。「もう一度BSでやろうよ」と一番強く訴えた方はどなただったんですか?

森本 それはね、意外にみんな一致してましたね。誰一人「もういいよ」って言わないんですよ。BSとなると番組制作費も下がるので、出演料も下がるわけですよ。それぞれ所属しているプロダクションの人を含めて考えたと思います。

――続投を後押ししたものは何だったのでしょうか?

森本 金に代えられない何か、番組に対する愛着でしょうかね。例えば笑瓶ちゃんにしても、国明さんにしても、山口さんにしても、これまでそれぞれの分野で大活躍してきた人たちですよね。そんな人たちが集まって番組をやっていく時に、なぜ30年も彼らを惹きつけたかといえば、いわゆる最近のバラエティ番組とは違う自分、生地の自分を発出できるからだと思います。そういう充足感が新鮮だったんじゃないかな。それは見ている人にも伝わるんだと思うんです。これ“バラエティ力”だと思います。

BS-TBS「噂の!東京マガジン」公式ホームページより

“スキャンダル”から始まった番組だった

――さかのぼること31年前。1989年10月1日に「噂の!東京マガジン」がスタートしたのは、どのような経緯だったのでしょうか。

森本 経緯は、自慢になる話じゃなくてね。僕が写真週刊誌に撮られちゃったんですよ(笑)。それでしばらく謹慎していた。そしたら、当時のTBSの役員から「日曜の朝10時を森本さんにあげますよ。好きなことをやって楽しんで下さい」みたいなことを言われて。当時日曜の朝10時は再放送番組の枠でした。期待もされないし、話題にもならない時間帯でした。番組名は「TVジャンクション」という、エモヤン(江本孟紀)や加賀まりこさんがレギュラーの番組が始まるんですけど、あんま上手くいかなかった。

1984年の「森本毅郎さわやかワイド」(TBS系)スタート時の森本氏。右は小池達子アナ

 それで、今の「噂の!東京マガジン」っていう番組を新たに作り直した。初めは、「東京スキャンダル」っていう案も出たんだけど、私の不祥事から生じた番組なのにギャグにもならない(笑)。そもそもは、タイトルに“噂の”と付けたように、遊んだ番組だったんですよ。

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