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2021/05/04

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会

 この時期は、角田三枝子が全面自供に転じる直前である。身内から秘密が漏れるという、まさに美代子にとっては青天の霹靂ともいえる出来事が水面下で起きようとしていたのだ。彼女はそれを担当刑事の態度や口調から、人並み外れた洞察力で強く感じ取ったのだろう。

 谷岡さんはその日以降の美代子の姿については知らない。だが、2週間以上をともに過ごした身としては、彼女が自殺という手段を選んだことについて、「あのオバハンやったらやる」と感じたそうだ。

「私が思うに、オカンが自殺したんは、事件がバレたことやなくて、自分が家族やと信じとった者に裏切られたという思いが強かったんやないでしょうか。それがショックで死を選んだんやと思います」

 そう語る谷岡さんの意見に、私もまったく同感だった。

美代子は徹底して勝てる相手を選び、“家族殺し”を強要した

 こんな話がある。04年頃、美代子はパチンコ店で知り合った若いカップルを1週間ほど自宅に軟禁し、その女性の家族に“落とし前”を要求したことがあった。しかし、その女性の姉妹の知り合いに現役の暴力団員がいて、逆に脅されたのだ。その際に美代子は「××様のご身内の方とは知りませんでしたので、本当に粗相な対応、どうかお許しください。知らなかったでは済まないことも充分承知しております。なんとか今回だけはお許しください」と平身低頭して謝罪を続けたという。

 自分よりも強い者には徹底的に弱く、弱い者には徹底的に強い。それが美代子だった。自分を強く見せるためには手段を選ばず、虎の威を借りることが必要であれば、迷わず借りた。

 そうして、美代子は虚勢が通用する相手しか、毒牙にかけてこなかったのである。それは“相手に勝とうとするのではなく、勝てる相手を選ぶ”ということで徹底していた。

 彼女の洞察力は、相手をふるいにかける過程のなかで身についたものだ。

 そして、自分が勝てると見た相手に対しては、決して歯向かうことのないよう、絶対的な恐怖を与えて支配した。弱い者を恐怖で支配するためには生贄が必要であり、忠誠を確認する手段として用いたのが、タブーである“家族殺し”の強要だった。まさにそれは“家族喰い”ともいえる所業である。

 だがその結果が、まとめて自分に跳ね返ってきたのだ。

 これまでの犯行が発覚したあと、美代子が絶対的に支配していると信じた“家族”たちは、警察の追及にたやすく落ちた。皮肉にも彼女自身がそこで“家族殺し”に遭遇することになり、卑怯にも自殺を選んだ。

 私はそう見ている。

 美代子は決してモンスターではない。弱いからこそ相手を殺した。そうしなければ、自分がいつ寝首を掻かれるか、不安でしょうがなかったのだ。

 無辜の人生を蹂躙し尽くした64年の生涯は、かくして身勝手に幕を閉じた。

【前編を読む】《尼崎連続変死》喉骨と肋骨3本が折れ、体重は22キログラムに半減…暴力で家族を乗っ取った“恐怖支配”の実態

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