暴行、監禁、脅迫……様々な手段で他人の家族を乗っ取り、複数の被害者を出した尼崎連続変死事件。主犯である角田美代子の逮捕により、非道な犯行の実態が明らかになろうとする矢先、彼女は2012年12月12日、留置施設内で自殺した。
主犯の死亡によって事件の全容解明が困難になるなか、尼崎連続変死事件について取材を重ねていたノンフィクション作家の小野一光氏は、角田美代子と同房で寝食を共にした女性との接触に成功する。ここでは同氏の著書『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)の一部を抜粋。角田美代子と同房で過ごした女性が語る凶悪犯の実像とは。(全2回の2回目/前編を読む)
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「あーあ、これで死人に口なしや」
2012年12月12日の朝、大阪市内のホテルのベッドに潜りこんでいた私は、ニュース速報を知らせる通信社のメールサービスのバイブ音で目を覚ました。
そこで角田美代子の自殺を知り、携帯電話を握ったまま、ああ、と思った。具体的になにを感じた、考えたというのではなく、ただ、ああ、と文字通りの音だけが脳裏を駆けた。
しばらくそのままの姿勢でいると、じんわりと嫌な気持ちが全身の血管を満たしていった。これでまた、真実が遠くなる。そういった嫌な気持ちだ。
10分くらいして携帯電話に着信があった。見るとQさん(編集部注:角田美代子と知り合いだった取材対象者)からだ。すぐに出た。
「あーあ、これで死人に口なしや」
まず第一声がこの言葉だった。
「まわりで大騒ぎしとるで。残念やなあ。これで全容解明できんくなるわ」
そう断定すると、電話は切れた。
私はある女性との待ち合わせ場所で、“その日”のことを思い出していた。13年8月。もう自殺から8カ月以上経っている。
取材先では「まだあの事件のことやりよるんか」と呆れられることも少なくなかった。もっともである。当初は途方に暮れた登場人物の多さも、いまでは全員の名をフルネームでそらんじることができるようになった。
はたしてこの執念は本当に必要なものなのか。自問自答を繰り返す。陸地の見えない海で、ひとり浮かんでいるような気持ちだ。
そのとき、携帯電話が鳴った。窓の外を見ると携帯電話を耳にあてた女性と目が合った。向こうも気づいたようで互いに頭を下げる。私は一瞬見えた“陸地のようなもの”を、目指すことにした。
第一印象は「ふてぶてしい、キツそうな印象のある、図太いオバチャン」
「あの人って、ペットの名前からして変わってたんですよ……」
ホテルのレストランで向かいに座った谷岡めぐみさん(仮名)は、いきなりそう切り出した。