谷岡さんは、美代子と同房の韓国人女性との間に起きたトラブルを目にしていた。
「私が入った翌日にオカンと仲のよかった人が出ていったんですね。それで私とオカン、それから韓国人の3人になりました。オカンはときどき情緒不安定で、夜中に隣で寝ている韓国人を起こして、『つらい』と泣くことがあったんです。それが迷惑やったんやと思います。しばらくして息子を殺した女性が入ってきたときに、その韓国人が自分とオカンの間に彼女を入れたんです。そうしたらオカンが怒って、翌朝になって『あんた、気ぃ悪いねん。なんやの、それ』て文句を言ってました。韓国人はなにも言わずに黙ってたんですけど、その晩、消灯後にオカンが布団から起き上がって、担当さんに怒られるまで、ずっと目を逸らさず韓国人を睨みつけてました」
美代子の憤怒の表情に、その韓国人女性は身の危険を感じたようで、看守に申し出て房を変えてもらった。すると、美代子の甘えの対象は谷岡さんに向かってきたのだという。
横柄でワガママで寂しがり屋
「オカンは横柄でワガママなんですけど、寂しがり屋でもあるんです。急に私の手を握ってきて、私が外そうとすると『いやっ。ギュッとしかえして』と言ったり、喫煙所から部屋に帰るときに、私が『オカン、先に出て』って言うと、『そんな寂しいこと、先行ってなんか言わんといて』と、小さい声で訴えてました。あと嫌やったのは、オカンの背中にイボがあって、それを『掻いて』と頼んでくるんです。しょうがなしに服の上から掻くと、調子に乗って『直接掻いて』やら『これ、潰して欲しいねん』なんて言ってきたから、さすがに『そんなんできん』と断りました」
無防備に甘える姿を見せる一方で、相手の顔色を窺ったり、視線の先にあるものから予測したりする様子を見て、美代子には尋常ならざる洞察力があると感じたと、谷岡さんは語る。
「あるときオカンが、『隣の女の子、今日出る(出所する)わ』と言ったことがあり、実際に彼女は出ていきました。私が『なんでわかったん?』と聞くと、『カン』と答えてましたが、担当さんの動きとかを細かく観察していて、そういう結論になったんやと思います。本人は『私のカンはよく当たんねん』と口にしていました」
「自殺したんは、信じとった者に裏切られたという思いが強かったんやないでしょうか。」
そんな美代子の留置生活に変化が現れたのは、谷岡さんが房を出る数日前。9月後半のことだった。
「急に警察の事情聴取が入るようになり、しかも1回の時間が長かったんです。それで戻ってくると『おかしい、おかしい』と考え込んだり、『ハメられたな』と独り言を言うようになり、本も読まなくなったんです。突然泣き出したり、『奥歯にものの挟まったような言いかたして』と、いきなり担当刑事の態度に憤った声を上げたりするようになりました。だんだん食欲もなくなり、私が房を出る日には『うっ』と呻いて、胃のなかのものを戻していました」