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お互いに尊敬し合ってます

内田 いつ頃、そう気が付いたんですか?

中野 けっこう遅い、30歳ぐらいかな。

内田 30歳ぐらいというと、この本にも書かれているように、中野さんは大学や大学院での勉強を終えて、フランスでポスドク(博士研究員)も終わって、バーンアウトしてしまった。それが32~33歳ですよね。そのとき、あ、私はあと50年もあるって。

中野 50年以上余っちゃったって思った(笑)。

内田 「余っちゃった」という表現がすごく面白い(笑)。ものの見方が、360度あらゆる角度から見たり、あるいは俯瞰して見たりする。私なんかが一個の悩みに囚われてギューッと固まっちゃっているところを、スッと何か菩薩のように。

中野 (笑)そんなことない、そんなことない。

内田 脳科学という道(どう)を使って、中野さんはいろんな人の心をほぐしていったり、解決のヒントを示していったりできる人なんだなって思っています。

中野 いや、もう恐縮です。

内田 いきなり褒め殺しをしたいわけじゃないんだけど、本当にそうなの。なので、違うところだらけなんですが、とても親近感もある。

 

中野 お互いに尊敬し合っている、という感じです。

内田 ありがとうございます。では2つ目の質問です。

Q.【50代女性より】家族のあり方を考えています。私自身、子どもと相性が合いません。下の子(20)とは問題はなく、どうして上の子(23)とは……と考えると毎日しんどいです。よくよく考えてみると、思考の型というか考え方の基盤が違っていると気が付きました。親といえども自分の考えばかり押し付けてはいけない、と思います。上の子は「誰かに依存して生きていれば楽で、働く気がしない、何もしないことが安全」という考え方。「個人の否定に繋がることはダメ」といった現代の風潮が、親にそのことについて何も言えなくさせ、苦しめています。

 

 質問ですが、根本的に違う性格の家族を、どのように受け止め、自身のなかで消化していかれたのか。もしそうなら、どのような心がけとか、心持ちだったのか、お聞かせいただければありがたいです。

内田 人生相談になっちゃいましたね。

中野 なっちゃいましたね。これは、也哉子さんはどう思いますか?

内田 自分の子どもとどうしても通じ合えないって、切実だと思うんですね。私もたまたま質問者の方と同じくらいの23歳の長男、21歳の長女、それに11歳の次男という3人の子どもがいるんです。同じ親から生まれているのに、一人ひとり、まったく違うんです。そして相性というのもすごくあって、この子とはすんなり話が通じ合えるのに、この子とは通じ合えないっていうことがあります。ただ私も23年、子育てしてみて思うのは、当たり前だけど親子といえども別個の人間だと思えれば、その違いを愛でることができるというか、面白がることができるのではないかということですね。

固定観念がザーッと崩れていく

中野 相性、ありますよね。親も聖人君子ではないので、この子とは相性が合うけど、この子はうまが合わないとか、どうしてもありますよね。それを後ろめたく思う親御さんがいる一方で、それを当然だと思っている人もいる。例えば、長男だけ可愛がるという人がいます。社会状況とか地域性とか時代性とかありますから、私はそれをどうこう言うつもりもまったくないんです。

 このことについては、ご自分の経験とか、あとは社会的な観点から回答される人が多いと思うので、私は生物学的な観点からお話ししたいと思います。もしも自分とまったく同じ考えで同じように物事を捉える子孫が必要なのであれば、私たちはそもそも有性生殖をすべきではないんですよ。

内田 私、いきなり頭ガツンと殴られて(笑)今までの固定観念がザーッと、崩れていく思いです。そのとおりですね。

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