魏が父に出した「悔」一文字の手紙
私が電話でアポイントメントを取った際、桑原さんから、私が中国で魏の両親を取材した際に父親から受け取った、逮捕後の魏が両親に送った、〈悔〉の一文字だけが書かれた手紙を持ってきてほしいと頼まれていた。
「ああ、これですね」
鞄から件の手紙を取り出すと、桑原さんに手渡す。
「ああーっ、これですこれです。やっと実物に逢えたあ」
彼女は感無量といった声を上げた。そして切り出す。
「あのね、小野さん、私この手紙をね、魏巍のお父さんから小野さんに渡したってことを聞かされていたんですね。だけどご両親にすれば、やっぱり息子が書いた唯一の手紙じゃないですか。だから本心では手元に置いておきたいみたいなんですよ。なので、ご相談なのですが、この手紙、私に預けてはいただけませんか。私が責任を持って中国の魏巍のご両親にお戻ししますんで……」
そう言われて私に断る理由はない。
「わかりました。ではお預けいたしますので、よろしくおねがいいたします」
「わーっ、ありがとうございます。これでご両親もお喜びだと思います」
養母が口にした寝耳に水の話
それから桑原さんはキリスト教系の大学の鈴木(仮名)という教授や、教会の牧師の名前を挙げ、ふたりに協力してもらって、拘置所にいる魏の心の安定に努めていることや、中国の両親とも密に連絡を取っていることを話した。
さらに彼女は驚きの内容を口にする。
「じつはね、これはまだ大きな声では言えないんですけどね、なんとか彼の罪を軽くできないかと動いているところなんですよ……」
続いて出てきた言葉に、思わず身震いをしてしまう。
「それでね、どうも中国の公安当局が取った王の調書のなかに、この事件の真相が語られているようなんです。背後にいる“黒幕”の名前が出ているって。それで、いま向こうに事務所がある中国人の弁護士を通じて、その調書を入手しようとしているところなんです。間もなくそれが手に入るようなんで、そうしたら魏巍の減刑を嘆願できると思って……」
まったく寝耳に水の話だった。その凄惨な犯行内容から、事件発生時より通常の“物盗り”ではなく、最初から“殺人”を狙っていたのではないかとの疑惑が持たれており、報道関係者の間でも、この事件の背後には“黒幕”がいるとの噂が尽きなかった。まさにそうした我々の関心事のど真ん中に当たる話が、いきなり出てきたのだ。
「その調書、入手したら見せてもらうことはできますか」
私は鼻息荒く尋ねた。
「もちろんその際は小野さんを優先しますよ。なにしろ今日、魏巍の〈悔〉の手紙を持ってきて下さったんですから。その大恩に報いるためにも、入手したらすぐにお知らせします」