峠を越える旅は胸が高鳴るものだ。険しい山道を進んで峠を跨げば、同じ日本であってもまったく別の世界が広がっている。峠を境に自然条件も違えば文化も違い、人々の暮らしも違う。つまりは隣り合っていても峠を挟んで違う空気が感じられるのである。

 ……と、そんな旅情を誘うような書き出しにしてしまったが、今のご時世、峠越えに胸が高鳴ったり険しい山道を歩いたりするようなことは、登山を除けばまずありえない。クルマを運転していても「ここが峠か」などと思うことはないし、新幹線に乗っていればだいたいトンネルで抜けてしまうから、峠の存在を意識することなんてあるわけがないのだ。

峠は「鉄道の大敵中の大敵」

 だが、実は鉄道にとって峠は大敵中の大敵。鉄のレールと鉄の車輪で進む鉄道は、峠越えのような急勾配には実に弱いのだ。だから鉄道の旅においては否が応でも峠越えを意識させられていた。そのひとつが、群馬と長野の間にそびえる碓氷峠。あまりに急な勾配なので、歯車を噛ませたり(アプト式、というやつだ)機関車をひとつ余計に取り付けたりしていた。機関車を取り付けるための停車時間に飛ぶように売れたのが、あの人気駅弁「峠の釜めし」である。

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 もちろん、時代が進めば技術も発展し、峠越えにもそうした奇策は必要なくなった。そして1997年に北陸新幹線(当時は長野新幹線と呼んでいましたね)が開通すると、在来線の碓氷峠越えは役割を終えて線路も消えてしまった。そうしたわけで、結局のところ新幹線に乗っているばかりでは、峠越えを意識することはやはりないのである。

「安中榛名」には何がある?

北陸新幹線“ナゾの通過駅”「安中榛名」には何がある?

 そんな、幻(実際にはトンネル)の碓氷峠越え。だが、それでも峠を控えた場所に駅はある。北陸新幹線の安中榛名駅だ。

 峠越えを控えているとはいっても、別に機関車を取り付ける必要もないので「かがやき」などはあっという間に通過してしまうのだが、長野止まりの「あさま」などに乗っていると「次はあんなかはるな〜」という車内放送が聞こえてきたりして、その存在を意識することはままあるに違いない。ウトウトしている間に通り過ぎてしまう小さな駅ではあるが、かつての峠越えの系譜を引く上信国境の駅。いったい、何があるのだろうか。今回は安中榛名駅にやってきた。

今回の路線図。「安中榛名」に停車するのは北陸新幹線の「あさま」だけ
「安中榛名」は新幹線の駅の中でも屈指の“閑散駅”だ

 安中榛名駅に停車するのは北陸新幹線の「あさま」だけ。上り列車・下り列車それぞれ12本しか停車しない。おおよそ1時間に1本、つまりは新幹線の駅の中でも屈指の“閑散駅”といっていい。もちろん新幹線以外の鉄道(在来線)は通っていないので、安中榛名駅に行こうとすれば北陸新幹線に乗るしかないのである。