梅安の持つ表裏一体的なもの
その後、豊川は緒形と共演する機会を得た。緒形との出会いは、時代劇を演じる上でも大きな収穫を得ることになった。
最初に緒形拳さんと一緒に仕事をやらせていただいたときは、「本物だ」と思いました。まさしく梅安が目の前にいました。色気もあるしかっこいい。共演させていただいて学んだことはいっぱいあります。自分にとって師匠の一人です。僕は『丹下左膳 百万両の壺』の撮影で、着物に慣れるためにずっと東京で着物を着る生活をしていて、その姿で緒形さんとご飯を食べたときに「丹下左膳なら着物はこう着るんだ」とかアドバイスをいただきました。懐かしい思い出です。もし、いま生きてらして、「今度、梅安やるんです」とお伝えしたら、どんな顔でどんなことをおっしゃるのか。考えると楽しい気持ちになりますね。
人は誰しもいくつもの顔を持っていると思うんです。たとえば僕は、俳優という顔、夫という顔、父親という顔。少なくとも3つの顔は持っている。それは皆さんそうだと思う。梅安もそういう一人。梅安の持っている2つの顔、人を殺める、人を救うという両極端の彼の行為、そこに説得力があるのが梅安というキャラクターのとても面白いところじゃないかと。たとえば僕らがたまにはお父さんの顔を休みたいなとか、サラリーマンとしての顔を休みたいときがあると思う。梅安の持つ表裏一体的なものは、共感を持って魅力的に映るんじゃないか。演じるときにそこにたどり着ければ、池波先生が考えた藤枝梅安という男に近づけるんじゃないかと思います。
原作と常に向き合いながら
梅安を演じることが決まってから原作を読み直したところ、グッとわしづかみされるような読後感がありました。池波先生にはお会いできませんでしたが、僕の中ではカッコいいイメージがある。カッコいい人はなにやってもカッコいい。鬼平でも梅安でも、カッコいい人が書いてるからカッコいいんだなと素直に感じます。池波正太郎先生の世界観、根っこのコンセプトを大事にしていこうという思いがあるので、完成したシナリオを読んだら、もう一度原作に戻る。僕らの仕事に正解なんてないから、原作と常に向き合いながら、観た人が喜んでくれるよう、自分たちが考えた「梅安」を勇気をもって制作していくことになるんだと思います。
江戸の風情が残る下町育ちの池波は、昔の味を愛し、食通でもあった。金に執着のない梅安も食を愉しむ男である。そして梅安は、わけありの女たち、悪人たちと出会うことになる。どんな敵に立ち向かうことになるのか、それを誰が演じるかも今後、注目されるところだ。
僕は食に関しては割と好き嫌いもなく、こだわらない方ですね。江戸の味と聞いて思うのは、寿司、お蕎麦。両方とも好きです。出身の関西とは違う江戸前の味ですが、寿司を食べ始めたのは大人になってからで、既に東京の味に違和感はありませんでした。好きなネタは……イカかな(笑)。