「こな、いだ、北海道で、吃音を苦に、自殺、した、という、人の、ニュースが、あり、ました。その、人や、自分以、外にも、すれすれ、の人は、多い、はず、です。仕事に、就け、ない、人などに、対して、打、開策が、ないん、です。そうした、人たちに、対して、早く、なんとか、しないと、と思って、います。自分も、妻と、子、どもが、いな、ければ、いま、ここには、いないと、思います」
一度は「すれすれ」の向こう側に、中村は行きかけた。しかしいまは、こちら側で踏み止まらねば、という意志があった。死ぬわけにはいかなかった。下を向いてばかりいることはできなかった。
会社を辞めてから、彼は、ビラ配りなどいくつかのアルバイトを始めた。そこで得たお金と貯金を使ってなんとか日々の生活を成り立たせ、新たな就職先を探しながら、これからどうすれば自分たちが生き延びられるのかを考えていた。
どうしても必要なのは、吃音を治すことだった。治さなければ、という決意は固まっていた。聞けば妻との関係が難しくなり、中村は、事実上、娘のももちゃんの面倒を1人で見ている状況だった。幼い子を食べさせるために、なんとしても吃音を改善させ、安定した仕事を見つけて働かなければならなかった。
中村は、数年前に一度通っていた言語聴覚士のもとに再び通い、猛烈に訓練に取り組み出したのだと言った。『バリバラ』で中村の姿を見たその言語聴覚士が、中村に、もう一度自分のもとで吃音の訓練をしないかと連絡をくれたのがきっかけだった。
重度の自分でも治ることを吃音で苦しむ他の人たちに示せたら
訓練をするのは、自分自身が吃音から解放されたいためと同時に、家族とともに生きていくためでもある。だが、それだけではない思いがあると中村は言った。
「こんな、重度の、自分でも、治るんだっていう、ことを、吃音で、苦しむ、他の人たちに、示せたら、って思っ、てい、ます。それしか、いまは、自分に、できること、を、思いつかないんです」
訓練はまだ始まったばかりだった。効果を云々できる時期ではない。だが中村は、これまでにはない手ごたえを感じていた。続ければ改善するかもしれない。もしかすると、何かが変わるかもしれない。
その希望こそが、中村の原動力になっていた。そこに賭けるしかなかったのだ。
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