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2021/06/02

進化する研究会

 棋聖戦第3局が象徴しているのは、令和時代の事前研究のあり方である。私の約50年の将棋との関わりの中で研究法の変遷を考えてゆく。

 東西の将棋会館やタイトル戦の現地に出向いて研究する方法は、東西に新会館ができた1970年代半ば以降、多くの棋士が取り入れている。ただ、ネットで多くの対局が中継されるようになってからは、やや少なくなった。

 私が育った昭和の時代から続く研究法が、「研究会」における実戦形式での練習対局である。プロ棋士の公式戦は月に3、4局程度なので実戦の機会は意外に少ない。だから研究会の対局も真剣勝負の貴重な場となる。一対一の研究会は「VS(ブイエス)」と言われ、こうした研究会は1960年代頃から始まったとされる。

 最も有名な研究会は島朗さんが1980年代につくった「島研」だろう。羽生さん、佐藤康光さん、森内俊之さんの3人の若手が参加し、圧倒的な質と量を誇る研究によってメンバーはのちに全員が竜王位を獲得した。

 私が初めて研究会を主宰したのは、19歳の時、1981年だった。大阪市内に研究部屋を設け、棋士や奨励会員10人ほどが狭い部屋に集まった。30代に入ってからは自宅に3人の棋士に来てもらい、リーグ戦で1日3局を指す形式とした。

 当時は同世代が多かったが、最近は若い人と指すことが多い。彼らから最新流行型や新しい感覚を学ぶことができるし、私のほうからは若い棋士たちにタイトル戦などの経験を伝えることができる。

 研究会は二つになり、メンバーは関西若手ホープの菅井竜也さん、斎藤慎太郎さんに私の弟子の都成竜馬君、女流四冠の里見香奈さんも加わり、私の自宅で朝9時半頃から夕方まで練習対局をしている。

谷川浩司九段の著書『藤井聡太論 将棋の未来』(講談社)

 藤井さんは2017年のAbemaTV「藤井聡太四段 炎の七番勝負」の直後に永瀬拓矢さんから声をかけられてVSを続けている。七番勝負の全7人のトップ棋士の中で、唯一藤井さんに勝ったのが、永瀬さんだった。

 永瀬さんは以前、対局以外の日はすべて研究会という時期もあったという若手棋士だ。最近はタイトル戦の常連で対局自体が多いので、そうもいかないだろうが、研究会の時は食事の時間も惜しんで将棋漬けだと聞く。

 名古屋では師匠の杉本さんの教室で指しているそうだが、杉本さんによると、二人は「会って1分ですぐ将棋を指し、(終電)ギリギリの時間まで二人で研究して、永瀬さんは東京に帰っていく」という。VSは互いにとって得るものが多いと思う。