文春オンライン

天才・藤井聡太二冠との戦いを制するためには「今のところこの方法しかない」

『藤井聡太論 将棋の未来』より #1

2021/06/02
note

豊島さんの「横歩取り」

 もう一つ、2020年9月の将棋日本シリーズ・JTプロ公式戦の対豊島戦。持ち時間10分という早指しの公開対局で、後手になった豊島さんは「横歩取り」に誘導した。横歩取りとは、先手が飛車先の歩を交換後、2四に進んだ飛車が後手の3四の歩を横に取る戦法を指す。

 豊島さんは後手で横歩取りをほとんど指さないため、その戦略には驚いた。おそらく後手になった時に、主流の角換わりや矢倉で受けて立つよりも、ちょっと変化球を投げたほうが局面をリードする可能性が高いと判断したのだろう。

 その2ヵ月ほど前に行われた棋王戦挑戦者決定トーナメントの対上村亘戦において、先手の豊島さんは上村さんの得意戦法である横歩取りの誘導を受けて立ったが、負けている。その経験を対藤井戦に生かしたとも言える。

ADVERTISEMENT

 予選の勝ち上がりとシード棋士の上位7人のみによって構成される2020年9月の王将戦挑戦者決定リーグでも、後手番の羽生さんが藤井さんを横歩取りに誘導した。羽生さんは難解な終盤戦を乗り切って、最後は鮮やかな即詰みで制した。

 横歩取りは、藤井さんの勝率が他の戦型に比べて目立って低い戦型である。どちらかというと、飛車、角、桂馬が前線にずっと出張っているような将棋はあまり得意ではないのかもしれない。矢倉や角換わりのように、金銀が主役になってじっくり組み合う将棋のほうがより勝率は高いという印象を受ける。

谷川浩司九段 ©️文藝春秋

 対局は対戦者二人で作り上げるものであり、拮抗した力を持った棋士のいることが熱戦、名局の条件になる。とくにトップ棋士には対藤井戦で熱戦、名局を作り上げる責任と義務があると思う。

 そのための現実的な手段としては、藤井さんがあまり得意としない戦法、あるいはさほど研究していない戦法を採用して形勢でリードするか、残り時間でリードするかして終盤を戦い抜くしかないだろう。そのために序盤の作戦をどうするかを考えざるを得ない。藤井戦を制するためには、今のところこの方法しかないのではないか。

後編に続く)

藤井聡太論 将棋の未来 (講談社+α新書)

谷川 浩司

講談社

2021年5月21日 発売

天才・藤井聡太二冠との戦いを制するためには「今のところこの方法しかない」

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー