大きく変貌する将棋界に現れた若き天才・藤井聡太。
14歳2ヵ月・史上最年少のプロデビュー後、衝撃の29連勝から始まり、史上最年少でのタイトル獲得など、次々と将棋界の記録を塗り替えていく彼の「すごさ」の源泉とは――。そして、人間はどこまで強くなるのか。
その謎を、史上最年少名人位獲得の記録を持つレジェンド・谷川浩司九段が、自らの経験を交えながら、さまざまな角度から解き明かした『藤井聡太論 将棋の未来』(講談社)。その一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
前面に出る「研究者」の側面
棋士は「勝負師」と「研究者」と「芸術家」の三つの顔を持つべきだ、というのが私の年来の持論である。
普段は将棋の真理を追究し、対局の準備も綿密に行う研究者の顔。対局の序中盤は、将棋の無限の可能性を追い、新しい世界を築く芸術家の顔になる。そして終盤は、勝利を求める勝負師に徹する。この三つの顔を自然に切り替えられるのが理想の棋士像である。
現在のトップ棋士は、事前の研究を他の棋士以上に十全に進めて対局に臨むことが求められる。その意味では、三つの顔のうち「研究者」の側面が強くなり、「芸術家」の顔は後景に退いている。
それはすなわち、対局時にそれぞれが持つ個性をなかなか発揮できなくなっているということをも意味する。
棋士が指す将棋の平均手数は110手強とされる。一人が指すのは55手で、そのうち絶対の一手や厳然たる最善手が存在する局面での選択が25手ほどである。つまり1局の対局で一人の棋士が自分の個性を発揮できる手は、もともとわずか30ほどしかないということになる。
さらに激化する事前研究によって自由に戦う余地が狭められた現在の棋士は、かなり厳しい状況下にある。
羽生さんをはじめとするライバルたちと二人で一つの作品を作り上げる気概を持って盤に向かっていた頃が懐かしく感じられる。
プロ棋士の公式戦においては、頻繁に指される戦法のほうが研究は進めやすい。現実的に次の対局で角換わりや矢倉になりそうだという時は、その戦法を重点的に研究し、AIの力も借りることになる。