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レジェンド・谷川浩司九段が語る藤井聡太論「シビアな勝負師の一面が垣間見える」

『藤井聡太論 将棋の未来』より #2

2021/06/02
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 現在、AIを活用して最も研究が進んでいる戦法は角換わりで、相矢倉、相掛かり、横歩取り、振り飛車という順番になるだろうか。

 角換わり、相矢倉、相掛かり、横歩取りまでは居飛車党の将棋だ。飛車を定位置から左方に移して戦う振り飛車は、なぜかAIの評価値が低い。15人ほどいるトップ棋士のうち、振り飛車党は久保利明九段と菅井竜也八段の2人くらいだろう。

 それ以外は居飛車党なので、居飛車をメインで研究することになる。振り飛車党の相手との対戦時には当然、振り飛車の研究をするわけだが、振り飛車側が先手の時と後手の時とでそれぞれ五つほどのバリエーションがある。それをすべて居飛車党が研究して臨むのは大変だ。

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 考え方を変えれば、棋士が「芸術家」の側面をできるだけ発揮したいと思えば、研究の進んでいる角換わりや矢倉は避けて、なかなか採用されない戦法を選べば、それだけ自分の個性を発揮できるようになるのではないか。

技術を磨くと同時に個性を磨く

 さて、棋士には三つの顔が必要、と強く感じるようになったのは、20年ほど前からである。

 ただし、このときの研究者とは、将棋の真理を追究するというイメージだった。だが、AIの進化により序盤の細分化、高度化も進み、研究の意味合いも変わってきた。

 普段の研究も、将棋の真理追究はAIの力を借りながら、その情報を基に、次の対局でどの作戦を選ぶかを考える。戦略としての研究である。

谷川浩司九段の著書『藤井聡太論 将棋の未来』(講談社)

 対戦相手がどの戦型を深く研究しているか、という洞察力も必要だし、対局前から勝負師として研究に打ち込まなければいけない。今のトップ棋士にはタフな精神力も求められている。

 私たちの時代は、タイトルを過半数獲れば第一人者だった。私もタイトルを三つ、四つ持っていた20代後半は「自分が最強」との意識があった。ただ、いまの棋士はたとえ八冠を制覇しても、それよりも強いAIがいる。

 いまのトップ棋士は、弱気なのではと思えるくらい一様にみんな謙虚だが、謙虚にならざるをえないということもあるのだろう。

 そうした状況の中で棋士の価値をどう見いだすか。技術を磨くと同時に個性を磨いて、どれだけ棋譜にその個性を残すことができるかが問われる。