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レジェンド・谷川浩司九段が語る藤井聡太論「シビアな勝負師の一面が垣間見える」

『藤井聡太論 将棋の未来』より #2

2021/06/02
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「最強の棋士」に見える風景

 藤井さんは基本的には、場面に応じてバランスよく時間の使い方を切り替えている。中盤で「ここはいくら考えても結論が出ないだろう」という局面でも、惜しみなく時間を使って読みを入れる。

 勝負のことだけを考えれば、早めに結論を出して切り上げて、終盤に時間を残しておいたほうが有利なはずだ。

 1秒未満の消費時間が切り捨てとなる公式戦の場合、持ち時間が残り10分になった後、「40秒……50秒……」と読まれて、以前はそのまま1分将棋になっていたことも多かった。そして最終盤になって、相手は持ち時間がたっぷり残っていて、逆に藤井さんが1分将棋になった対局は敗退することがあった。

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 ところが最近は、あまり1分将棋にならない。終盤の最後の最後に、ここは詰みまで読み切らなければいけないところまでは必ず2、3分ほど持ち時間を残し、1分将棋にしないように気をつけているようだ。2020年9月のインタビューで彼はこう話している。

「やはり1分将棋だと、こちらの予想にない手を指された時に、対処するのがかなり難しいというのがあるので。秒読みでも数分残っていたほうがやはり、残っていればかなり違うのかなという」

 藤井さんのコメントを読むと、常に自分の課題を冷静に見つめて克服するよう努めていることがわかる。2020年12月のインタビューで、彼は「課題を克服するうえで大切だと思っていること」を問われて、こう答えている。

「自分自身を客観的に見ることかな、と思います。やっぱり自分の将棋がどういう特徴があるかとかは、指しているときには当然意識しないというか、普段はあまり意識していないことなんですが、そういうところを見つめ直していく必要があるのかなと思います」

 NHKの特集番組(2020年11月13日放送)で、プロ棋士になったばかりの藤井さんは自らの目標として「最強の棋士」と色紙に書いて見せた場面を映し出していた。

 棋聖、王位の二冠獲得後、聞き手から「これを覚えていますか?」と、その色紙を見せられた藤井さんは、

「ああ、なかなかいいこと書いてますね」

 と笑った。そして、

「強くなった時に見える風景を見てみたい」

 と語った。

全棋士参加トーナメントの朝日杯将棋オープン戦では、すでに4年で3回優勝を果たしている藤井聡太二冠。初参加で初優勝した2018年には、谷川九段が20代・30代の棋士に向けて「君たち、悔しくないのか」という名言を残した

 タイトルや記録ではなく、あるいは他人との比較ではなく、自分自身がより強くなる。藤井さんのスタンスは棋士になった時からずっと何も変わっていないということにあらためて思いを致した。

「最強の棋士」になった時、藤井聡太はどんな風景を見るのだろうか。

藤井聡太論 将棋の未来 (講談社+α新書)

谷川 浩司

講談社

2021年5月21日 発売

レジェンド・谷川浩司九段が語る藤井聡太論「シビアな勝負師の一面が垣間見える」

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