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天才・藤井聡太二冠との戦いを制するためには「今のところこの方法しかない」

『藤井聡太論 将棋の未来』より #1

2021/06/02
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敗局を考察する

 若手棋士に聞くと、棋聖戦第3局のような対局はもう珍しくないという。終盤まで想定しておかなければ、最新の流行形には踏み込めないのだそうだ。

 中終盤は一手について100手以上の選択肢がある。もちろん、想定が必ずしも功を奏しないことがある。渡辺さんはかつて「一つの戦法、一つの指し手は何度も使えない。使い捨てだ」と話していた。

 棋聖戦第3局は、対藤井戦だけの指し方と言えるかもしれない。ただ今後、とくに対藤井戦に関しては、渡辺さんの言う「弱者の戦い方」、つまりAIを活用した徹底的な事前研究が求められることになるだろう。

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 対藤井戦の戦い方を考えるために、藤井さんが敗退した対局を見てみよう。

昨年のヒューリック杯棋聖戦第4局。挑戦者の藤井聡太七段(左)が、渡辺明棋聖(右)からタイトルを奪取した(写真提供:日本将棋連盟)

 順位戦で連戦連勝している藤井さんに唯一勝利しているのは、2018年度C級1組で対戦した近藤誠也さんである。

 NHKの特集番組によると、近藤さんは対戦に臨むに当たり、相手の得意戦法である角換わりのうち藤井さんがまだ経験していない局面を発見することに全精力を傾けた。1ヵ月前からデータベースやAIで解析を進めた結果、それを見つけることができたという。

 そこまで誘い込めば、意表を突いて自分だけが研究している形に持っていくことができる。そこで藤井さんに持ち時間を使わせて時間的にリードすることで近藤さんは勝利を手にした。

丸山さんの「角換わりの早繰り銀」

 2020年7月の竜王戦本戦の対丸山忠久戦では、藤井さんが敗れた。この将棋は丸山さんが先手になって、角交換後に右銀を3七~4六に活用する「角換わりの早繰り銀」という作戦をとった。

 対局は千日手(両対局者が同じ手順を4回繰り返し、局面が進展しない状態)で無勝負となり、先手と後手が入れ替わって最初からの指し直しになった。

 後手番になってしまった丸山さんとしては不本意な序盤戦だったが、ただ、藤井さんも「早繰り銀」の経験があまりないこともあり、長考を重ねて時間を消費してしまった結果、持ち時間に差がついた(指し直し局の持ち時間は、指し直し前のそれぞれの残り時間となる)。

 指し直し局は丸山さんが中盤をリードして、最後に藤井さんが猛烈に追い込んだものの、終盤に時間が残っていた丸山さんは相手の勝負手を全部見抜いて116手で勝ち切った。丸山さんとしては不本意だった千日手が、持ち時間でリードするという意味で生きた勝負となった。