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 ところが伸ともう1頭が、給餌器に頭を入れて飼料を食べていると、もう1頭、つまり夢か秀が近づいて来て、伸の脇腹を鼻でどついて「どけ」と命じるのだ。はじめの頃抵抗していた伸もだんだん慣れてきて、つつかれるとすっとおとなしく後ずさりして、どうぞと席を譲ってしまう。特に夢がひどい。さっき十分食べていたくせに、気まぐれのように伸を押しのける。

同じ目線で見つめ合って

 何とかならないのか。このままでは夢の横暴が増すばかり。伸の発育が心配だ。窓や柵の外から見ているだけでは、気持が収まらなくなってきた。そこで蚊取り線香を取りかえるためなど小屋に入った時に、夢を𠮟ってみることにした。躾である。

 伸を鼻でつついて給餌器に割り込もうとする夢に、足をつかって邪魔してみた。まるできかない。抱きついて引っ張ってみる。お、結構重くなってきたな。凄い力ではねとばされた。ううむ。おが粉の床に座り込んで、もくもくと餌を食べる秀と夢の尻を眺める。すると、伸が私の方に寄って来た。

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 動物とのつき合いで、目の高さはとても大事だ。グルルルと威嚇する犬と仲良くしようと思ったら、まず、犬と同じ目の高さにしゃがむことにしている。正しいのかどうか知らないが、結構有効だ。それから非科学的かもしれないけれど、なるべく心を開くように、心がける。

 自分のコンディションで、できる時とできない時があるけれど、うまくできると、犬は近づいて来てくれる。猫にはあまり効かないけれど、一応この方法は、動物の警戒心を解くことに有効だ。しかし、よく考えなくてもわかるように、これでは動物にあなたと私は対等であると、自ら宣言するようなものだ。

 子供の頃飼っていた犬も、私の言うことをまるできかない暴れん坊になり、どちらが主人なのかわからない状態にしてしまった。仲良くすることと、飼うこと、管理することは違うのだ。ましてや相手はペットですらない家畜なのだった。

 それは、甘すぎる誘惑だった。しゃがんで同じ目線で伸と見つめあった瞬間、伸の表情が変わったのだ。急に表情が豊かになって、好奇心いっぱいに目を輝かせてこちらに寄って来る。ああ、やっぱりこっちが立って見下ろしている状態は、あんまり好きじゃないんだなあ、君たちは。よしよしおいで。伸は匂いを嗅ぐように、私の隣までやって来た。頭を撫でてみる。伸は目を細めて受け口のあごを上げる。

 餌を手でやる行為から、さらに一段、豚に近づいてしまった。どうしよう。でも、なんてかわいくて面白いのだろう。犬よりも表情が豊かなんじゃないだろうか。

【続きを読む】腹を開かれ、内臓を落とされ、あっという間に頭も…育てた豚を屠畜する瞬間に飼い主が抱く“形容しがたい思い”

飼い喰い 三匹の豚とわたし (角川文庫)

内澤 旬子

KADOKAWA

2021年2月25日 発売