一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)
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「起訴相当」を下した検察審査会の衝撃
「意外な結果で驚いている」
この日の小沢一郎は、いつになく目が泳ぎ、声も上ずっていた。2010年4月27日、検察審査会による「起訴相当」議決が発表された当日のことである。検察審査会の議決を受け、新聞やテレビの記者たちが民主党本部へ押しかけた。記者たちを前に午後7時過ぎ、小沢が発した第一声がこれである。
「不正なカネは受け取っていないし、私の政治団体で不正な犯罪行為があったわけではない」
弁明する小沢に対し、記者の質問が投げられる。
「これで、ますます政治不信が高まるのでは」
小沢の表情には、いらだちが露骨にあらわれた。
「今日の結果で、(政治不信が高まる)ということはない」
記者を睨みつけるように、そう語気を強めた。
「国民の皆さんも納得してくれる」
午後4時から予定されていた会合や5時からの橋下徹大阪府知事との面会を急きょキャンセルして応じた。およそ7分間のぶら下がりの記者会見だった。
「最終的には検察当局の適正な判断がなされると信じている。国民の皆さんも納得してくれると思っている」
最後はそう締めくくった。だが、やはり動揺の色は隠せなかった。
この年の2月、陸山会の不動産取引をめぐる政治資金規正法違反で、秘書の大久保や石川が起訴された。秘書たちは04年10月、小沢から提供された4億円で、世田谷区の宅地を3億5000万円で購入した。逮捕容疑は、その4億円や不動産の購入を政治資金収支報告書に記載しなかった政治資金規正法違反だ。政治資金の虚偽記載は明らかである。その捜査のなかで東京地検特捜部は、虚偽に記載した動機について、まさにこの時期に水谷建設からの裏献金があったからだと睨んだ。かたや小沢側は小沢の個人資産で土地を購入したのであり、水谷マネーなど存在しない、と否定してきた。