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メジャーリーグで大活躍するオオタニサン、その原動力のルーツを探る

大谷翔平を育てた場とは何か

2021/06/04

 あるときは泳がされても片手で流し打った打球は大ホームラン、あるときは先発して7回1失点のあとライトの守備につく男。三刀流の天才・大谷翔平は、2012年のNPBドラフト1位で北海道日本ハムファイターズから指名され、プロの道へと進みました。

 その日本ハムファイターズはパリーグ球団として長く愛される一方、2012年に大谷入団と共にひとりの天才右腕がひっそりとユニフォームを脱いでいます。

すでに7試合に登板している大谷翔平 ©AFLO

うねりを上げて投げ込まれる150kmを超えるストレート

 その名も俺たちの剛腕・大沼幸二。尽誠学園高等学校から名門・プリンスホテルを経て、常勝球団と謳われた強豪の西武ライオンズに2000年、ピカピカの1位指名で入団を果たしています。

 大沼の持ち味はそのゆったりとしたフォームからうねりを上げて投げ込まれる150kmを超えるストレート。そのストレートを待つ打者をあざ笑うかのような落差の大きいフォークボールを武器に、西武の投手陣の一角を担うことを約束された男は、神に導かれたかのように西武ライオンズのユニフォームに身を包むことになったのです。なお、西武の同年ドラフト3位は、あの帆足和幸です。

 まだ屋根のなかったころの西武球場に試合前行くと、ブルペンで「ズドバシーン!!」という轟音を立てて投球練習をしている男がいます。よく見ると大沼でした。素晴らしい。投球練習での大沼は、大谷を凌ぐ球を惜しげもなく投げ込み、その勢いのままイースタンの試合では7回を投げて被安打2、与四死球5、奪三振12の無失点とか、まさに「帝王」という名にふさわしい投球を披露してくれるのでした。

泳がされても片手で打った打球が“グリーンモンスター”超えの大ホームラン

ゆくゆくは野茂英雄を凌ぐメジャーリーガーに

 二軍相手には格の違いを見せつける快投を続け、松坂大輔程度の投球は俺にもできると言わんばかりの剛速球を軽々と投じていきます。その投げる表情は余裕そのもの。THE大沼。同じく二軍で活躍していたヤクルト畠山のでかいケツに直球をブチ当てて悶絶する畠山、半笑いで帽子を取る大沼。間違いなく、私たちが愛するパリーグの歴史がここにあるのだ、と体感する瞬間でした。

 01年、イースタン最優秀防御率&イースタン最多勝率。

 02年、イースタン最多奪三振。

 03年、イースタン最多勝。

 凄い。凄かったんだよ大沼は。二軍で。向かうところ敵なし。最高の素材、素晴らしいピッチャーでした。見ていて、南海ファンなのに大沼は凄いなって思いながら、きっと彼が、パリーグ、ひいては日本野球全体を背負い、ゆくゆくは野茂英雄を凌ぐメジャーリーガーになるに違いない。そう思ったものです。

 そんな大沼に、仮に問題があるのだとすると、それは、ストライクが入らないことでした。

 奇しくも大沼の一軍初登板は、大谷のオリジンとなった2001年5月の日本ハム戦(於東京ドーム)、敗戦処理として無難に奈良原を抑えて降板しています。その後もルーキーイヤーながら順調に登板を重ね、勝ち負けはつきませんでしたが初先発もこなしています。すべてが順調に見えた大沼幸二は、翌02年、壁にぶつかります。