打たれそうで抑えるとか、抑えそうで打たれるという野球独特なカタルシスはよくありますが、大沼の場合はやっぱりストライクが入らない。
このシーズン、大沼は7敗目を喫し、西武は70勝70敗4分という微妙な成績でパリーグ4位で終えてクライマックスシリーズへの進出は叶わなかったのであります。
その後も大沼はつねに大沼らしく生き、岸の勝ち投手の権利を消し、西口をベンチで真っ白にするシーズンを送っておりました。が、圧巻だったのは、2011年、まるで運命に導かれたように横浜ベイスターズへトレードされたのでありました。
横浜ぁ?? 嫌な予感しかしない投手が嫌な予感しかしない球団へトレードされた、ある意味で大団円的な流れに心を折られたパリーグファン(主に西武以外)とホッとしたパリーグファン(主に西武ファン)とが複雑な心境を交錯させたことでしょう。
セリーグでも大沼は大沼であって、11年は14試合に登板し、防御率は8.49、投球回11回2/3で与四球10という大沼らしい成績を残しています。
広島戦では、リードの場面で登板して即二者連続三振。さすが大沼、無難に抑えるかと思いきやそこから四球→四球→暴投で二死二、三塁→右中間に2点タイムリー二塁打→1点タイムリー右前打と、一瞬の隙をついて3失点という離れ業も披露し、いならぶセリーグファンの度肝を抜きます。
私が青春と共に楽しんだパリーグの中心に
巨人戦でも、やはりリードの場面で三振とゴロで2つアウトを取ってから、まるで忘れ物を取りに行くかのような四球。一塁にランナーを置いてツーランホームランを浴び、横浜ベンチを恐怖に包む投球を披露するのです。
野球を観る者すべてに感動を与えた大沼は、最近ファームでも見なくなったなと思ったら不思議な週刊誌報道とともにその姿を消し、2012年、忽然とシーズン途中解雇という驚くべき幕切れを果たします。スポーツマスコミも「異例」と報じた本件は、スキャンダルが理由なのか、新外国人を取るために枠をあけるためか、さまざまな憶測を投げかけつつ球界を去る大沼の業績を惜しみましたが、ともあれ居なくなってしまいました。
「さよなら、ありがとう」ぐらいは、大沼幸二に言いたかった。本当に、面白かった。私が青春と共に楽しんだパリーグの中心に、間違いなく大沼幸二はいたのです。たとえそれが連発される四球でも、ベンチで白くなっている西口でも、バックネットに刺さる暴投でも良かったけど、とにかく元気に投げている大沼を見ていたかったんですよね。試合前のピッチャー守備練習で転がったボールを踏んで転んで腰痛を引き起こした大沼に元気づけられたんですよ。あ、大沼もこんな感じなのだから、私も人生こんな感じで良いのだ、と。
そんな大沼を愛したパリーグファンの声援を背に受けて、大谷もメジャーで頑張っているんだと思うと、やはりプロ野球が、大沼幸二が日本社会に与えてきた恩恵を肌で感じるんですよね。
そういう、パリーグ魂を引き継いだ選手が、一人でも多く出てきてくれることを心から祈っています。
INFORMATION
ついにこの日が来てしまった……。文春オンラインの謎連載、特にタイトルがあるわけでもない山本一郎の痛快ビジネス記事が待望の単行本化!
その名も『ズレずに生き抜く 仕事も結婚も人生も、パフォーマンスを上げる自己改革』。結婚し、出産に感動するのもつかの間、エクストリーム育児と父父母母介護の修羅を生き抜く著者が贈る、珠玉の特選記事集。どうかご期待ください。