人気アニメ「エヴァンゲリオン」シリーズの完結編として製作された「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(庵野秀明総監督)。新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発出され、東京都内や大阪府内の映画館には休業要請がなされる中での上映となった。だが、3月8日の封切りから5月末までに、563万人以上が映画館に足を運ぶというヒット作となっている。

 物語の前半で、極めて印象的なシーンとして描かれるのは、登場人物の「アヤナミレイ」が初めて体験する棚田での田植えだ(この部分は公式サイトで一部公開)。「第3村」と呼ばれる集落で汗を流し、泥にまみれ、だからこそ生きているのだと実感する。誰かの頭の中で考えられた空想的な「幸福」とは対極にある、地に足が着き、土の香りのする幸せだろう。

【Twitter】「シン・エヴァンゲリオン劇場版」で描かれる棚田の景色
 

 人間臭さに乏しい「アヤナミレイ」だからこそ、心に残る場面だ。そして、物語の後半になればなるほど、映画の訴える問題意識とクロスして、田植えの情景が頭に浮かぶことになる。

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 この棚田には、モデルがある。千葉県鴨川市の「大山千枚田」だ。

375枚の水田が重なる“人気スポット”

 南房総の標高90~150メートルの中山間地にあり、375枚の水田が皿のように重なっている。 

 保護管理しているのは特定非営利活動(NPO)法人の大山千枚田保存会(石田三示理事長)だ。「私達への事前の取材はなかったのですが、封切りの少し前にモデルとして使わせてもらったという連絡がありました」と事務局は話す。

 実は、この千枚田、普通の棚田ではない。

一面に皿を重ねたような大山千枚田が広がる

 農業体験や視察で年間約6000人が訪れる「人気スポット」なのだ。最も美しいのは、水面に青い空が映し出される田植え時期、そして稲が黄金色に実る収穫時期だが、これ以外の季節にも、20台ほど停められる駐車場がいっぱいになるほど人が来る。こうした見学者も含めると、年間の来訪者は軽く1万人を超えるのではなかろうか。

「特に新型コロナの流行後は増えました。ずっと外出自粛を求められてきた人々が、棚田があるような場所なら安全だと、せめてもの息抜きに来るのでしょうか。都内ナンバーが目立ちます。バイクや自転車のツーリングで立ち寄るグループもいて、まるで原宿の竹下通りかと思うようなことさえあります」(事務局)

 都内からだと手頃なドライブコースで、高速を使えば都心からでも90分ほどしかかからない。

この日も駐車場は満車だった

「かつては滅びゆく棚田の一つでした」

 全国でも棚田があるのは高齢化した過疎地ばかりだ。2019年に棚田地域振興法が制定されたものの、耕作放棄地の拡大には歯止めがかかっていない。にもかかわらず、大山千枚田には一面の美田が残されており、人をひきつける。

 なぜ維持できたのか。それを知るには保護運動の成り立ちをさかのぼらなければならない。

「ここもかつては滅びゆく棚田の一つでした」。保存会の事務局長、浅田大輔さん(40)が語る。