浅田さんも移住者だ。東京都品川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。大学や大学院で生物を研究し、そのフィールドに大山地区を選んだのがきっかけで、15年ほど前に保存会の事務局に就職した。
他の2人は地質や染め物を専門にしている。こうしたスタッフや理事長が、市が大山千枚田に建設した研修施設「棚田倶楽部」を拠点にしているので、研修や視察に訪れる学校や団体が多い。新型コロナが流行する前は、年間70組ほど訪れていた。海外からの視察もあった。
「休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります」
浅田さんが特に力を入れているのは、子供達に伝える活動だ。農業体験だけではない。浅田さんの調査にもとづく自然観察は人気メニューになっている。
毎年10月後半から1月初旬まで行う「棚田のあかり」に合わせて来る高校もある。この催しは最初の3日間、竹で作った3000本のたいまつに、市内のホテルや旅館で出た廃油原料のバイオディーゼルで火を灯す。その後はソーラー発電のLEDを1万本点灯させるイベントだ。たいまつの設置や点火作業は重労働なので、手伝いに来てくれるのである。
大山千枚田の豊かな自然の中で、子供達は様々なものを感じ取る。例えば、自然観察。
「ここには、千葉県のレッドデータブックに載せられた絶滅危惧種が40種ほど生息しています。人の手が加えられた里山の豊かな自然があるのです。一方、休耕田になることで、増える絶滅危惧種もあります。里山の自然か、ありのままの自然か。どちらが良くて、どちらが悪いというものではありません。地域にとって望ましい自然とは何か。子供達に考えてもらうようにしています」と浅田さんは話す。
近年、見かけるのは実物を見て失望してしまう子だ。「図鑑には大きな写真が載っているので、テントウムシもカブトムシのように大きな昆虫だと勘違いしているようなのです。ところが、実物は小さい。落胆して、興味を失ってしまう場合もあります」。バーチャルな知識が現実を見る力を失わせているのかもしれない。
「土の香りがするリアルな世界」に触れること
農業体験では、ここに来て初めて土に触る子もいる。
「最初は汚いと感じるようで、なかなか触りたがりません。でも、土がないと野菜は育たない。生き物も生きていけない。そう教えていくと、少しずつ考えが変わります。友達が田んぼで泥だらけになって歓声を上げているのを見たら、もう自分も入りたくなってしまいます。こうした体験が忘れられず、家族で棚田オーナーに応募してくる子もいます。毎年オーナーになって農作業を続けながら成長し、将来は農家になりたい、環境関係の仕事をしたいと夢を持つ若者も出ています」と浅田さんは嬉しそうに語る。
もしかすると、都市部では「アヤナミレイ」と同じように、棚田で土に触れることで、初めて「生」を実感する子もいるのだろうか。生まれた時からコンピュータやスマートホンが存在していた世代にとっては、現実より画面の疑似世界の方が身近だ。
土の香りがするリアルな世界。大山千枚田ならずとも、近くの田んぼに出掛けてみてはいかがだろうか。
撮影=葉上太郎