大坂なおみが全仏オープンで試合後の記者会見を拒否し、1万5000ドル(約165万円)の罰金処分となった後、大会から棄権し、うつ病を告白した。世界中ののメディアやSNSでは、いまだに賛否両論が展開されている。
プロスポーツの成り立ちをじっくり考えると、プレス対応や記者会見はプロ選手の仕事のひとつであり、当初は会見に出席したほうが良いと思っていた。契約に折り込まれた会見を拒否するのであれば、罰金も致し方ない。ただ、ひとりの人間の精神が損なわれてしまうのであれば、無理をする必要はないだろう。トップアスリートも人の子であり、落ち込むこともあれば、人前で話をするのが得意ではない人もいるはずだ。
今回の件がこれほど大きな反響を呼んだのは、旧態依然としたメディアの活動に一石を投じるものと捉えた人が多かったからだろう。議論の大元には、現代の産業革命とも言えるITの浸透と、それによってもたらされたSNSの隆盛がある。
選手がメディアを避けるのは多くのスポーツで共通
現代では、望めば誰でもSNSで自らの意見や思い、日常をそのまま世界に発信できる。それに慣れ親しんでいる20歳前後の“Z世代”(大坂も含まれる)は、記者会見や旧来のメディア──“レガシーメディア”と呼ばれているらしい──を重視しない傾向が強い。
自分の言葉が、書き手や編集者などを通すことなくストレートに世界に伝わるほうが良い、と考えているのだろう。
スポーツ界において、テニスは記者会見制度が整備されている競技だ。欧州のフットボールシーンでは以前から記者が選手の声を聞く機会が著しく減っており、「世界で最も人気のあるリーグ」であるイングランドのプレミアリーグもその1つだ。
パンデミックが起きてからは、試合前後の記者会見に監督(とメディア担当者)だけが登壇するようになり、試合後に選手が通りメディアが質問できるミックスゾーンははなくなった。Jリーグも同じような対応をしているが、記者会見には監督とともに複数の選手が出席するので、プレミアよりは記者が選手と話す機会は多い。
パンデミックによって制度的にも選手とメディアの接点が減る以前から、プレミアではミックスゾーンで立ち止まる選手が減っていたという。マンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティ、リバプールといったイングランド北西部の人気クラブを中心に取材し、『ガーディアン』紙などに寄稿するリチャード・ジョリー記者は次のように語る。
「14カ月前にミックスゾーンがなくなる前から、選手のコメントは取りにくくなっていた。高額なテレビ放映権には選手のインタビューも契約に盛り込まれているので、選手たちもテレビカメラの前では話をしなくてはならない。だがその後に設置された文字媒体向けのスペースでは、声をかけても立ち止まらない選手がほとんどだ。ミックスゾーンを通らずにスタジアムを出る選手も多い」
メディアがリーグやクラブ側に取材対応を要請しても、義務であるテレビ向けのインタビューをこなした後でさらに文字媒体にも話したがる選手は少ないので仕方ない、と主張するそうだ。かつては選手の率直なコメントが発信される場所だった練習場でも、ずいぶん前から似たような状況だったという。これは、制度というよりも文化の問題である。