表彰式でマイクの前に立った大坂はまるで別人だった
思い出すのは、初めての優勝スピーチである。全米オープン優勝のわずか半年前。米国のインディアンウェルズで開催されたBNPパリバ・オープンで大坂はツアー初優勝を果たす。グランドスラムに次ぐ規模のビッグイベントで、大坂はそれまでのプロキャリア6年間で獲得してきた賞金の合計にほぼ匹敵する額の優勝賞金134万860ドル(約1億4000万円)を、一度で手に入れた。マリア・シャラポワやカロリーナ・プリスコバ、シモナ・ハレプといった新旧の女王たちを次々と倒して頂点に立ったのだが、その圧倒的なプレーを見せたコート上の大坂と、表彰式でマイクの前に立った大坂はまるで別人だった。
「これって史上最悪の優勝スピーチね」
「えーっと、ハロー(笑)。私は……あ、違った。えーっと、トーナメント・ディレクター、それからWTA、それと…スタッフの方たちとフィジオ……それから、そうだ、ダリア(・カサキナ)にありがとうを言わなくっちゃ。ハハハ。……」
緊張の表れか、手を忙しなく動かし、キョロキョロし、たどたどしい口調で何か言っては笑ってごまかしながら、なんとか最後まで、感謝を言うべき人たちに感謝を伝えたが、内容はほとんどそれだけだった。
「これって史上最悪の優勝スピーチね」
苦笑する大坂を微笑ましく見る人々がいる一方で、何か不思議なものを見るような視線や、20歳にしてはあまりにも幼稚なふるまいではないかと批判する声もあった。
「こんな結果になってごめんなさい」という謙虚さに世界が注目
これほどのビッグタイトルを獲る選手で、しかも20歳という年齢なら、過去に数回はスピーチの経験があるものである。テニスの世界では下部ツアーやジュニア・ツアーですら表彰式では優勝者のスピーチがある。しかし大坂にはその経験がなかった。ジュニア・サーキットには参戦せず、14歳からプロのサーキットを戦ってきたが、その下積みの期間に一度も優勝したことはなかったのだ。
次に大坂のスピーチが世界中の注目を浴びたのが、半年後のあの全米オープンだった。
「こんな結果になってごめんなさい。今日は試合を見に来てくれてありがとう」という涙のフレーズを忘れたファンはいないだろう。
謙虚で純粋。そのイメージは新鮮で強烈で、大坂の発する言葉に世界中が耳を傾けるようになった。大坂は猛スピードでその環境に順応していたように見えたが、その変化の裏にあった努力とストレスの大きさは、あの初優勝スピーチを思い出せば容易に想像が及ぶ。