BLM運動で「勇敢なオピニオン・リーダー」のイメージに
大坂は2019年1月に世界1位に上り詰め、その“市場価値”も女子スポーツ界の頂点に達した。2020年5月、アメリカの経済誌『フォーブス』誌の調査による毎年恒例の各界の長者番付で、女性アスリート部門トップに輝いたのだ。それまで4年間トップを守っていたセリーナ・ウィリアムズを抜き、推定収入額は史上最高の3740万ドル(約40億円)。今年もトップの座を守り、さらに収入は6000万ドル(約66億円)へと大幅アップした。
収入のうち賞金が占める割合はわずか1割にすぎず、9割はスポンサー契約料である。スポンサーにとって大切なものは何よりもイメージだが、大坂のイメージは2018年のブレーク当初とは大きく異なる。新しく、唯一無二のイメージを作り上げた一つの大きな要因は、昨年大坂が積極的に活動したBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動だろう。謙虚で純粋な女の子から勇敢なオピニオン・リーダーへ——。デモ参加への呼びかけや自身の参加にとどまらず、抗議のための試合ボイコットを表明したり、全米オープン中の黒いマスクが話題になった。テニスプレーヤーとしての知名度と人気を生かし、メディアを通して自身の主張を世界に広く訴えたのだ。
その一連の行動と、「人前で話すのが苦手でストレスになっている」という今回の告白の中身はあまりにも乖離している。大坂を知っているつもりでいた記者たちの戸惑いもそこにあるはずだ。
以前から大坂が自身を表すときによく使っていた言葉についてふと考えた。ひとつは「Shy(内気)」。もうひとつは「Perfectionist(完璧主義者)」。内気であることは、テニスプレーヤーにとって決して得なことではない。完璧主義者である大坂は、それを克服するためにがんばりすぎたのか。また、メディアが作り上げたイメージに沿うようにがんばり、ときが経てばそれを打ち破ろうとがんばり、また新たにできたイメージを守ろうとがんばり、ついに心が壊れてしまったのだろうか。
メディアにも、戦って勝ち取ってきた権利がある
過去を振り返れば、大坂のストレスへの理解をある程度深めることはできる。しかし一方で、テニスという巨大ビジネスの中で選手が果たすべき仕事はコート以外にも存在するということはもう常識だ。そうでなければ、テニスはここまでの人気を得られなかっただろう。
「今はしばらくコートから離れようと思う」という大坂に対し、WTAツアーも四大大会もサポートの意向を表したが、義務化されている記者会見のあり方について具体的な議論がすぐに進むのかどうかは疑問だ。
メディアの側にも、戦って勝ち取ってきた権利がある。そして、もう何十年もこのやり方でやってきたベテランの記者たちが世界中に大勢いるのだ。
「怒りの原因は理解の欠如。人は変化を嫌がるもの」
従来の体制を批判した大坂のこの言葉をどう受け止めるべきなのか。着地点を見出すには長いプロセスが必要のようだ。