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母から子へギャル魂を受け継ぎ…

――同世代の編集長がいるのはモデルにとっても心強いですよね。

赤荻 そうですね。小さい頃から団長をやったり、実行委員長をやったりと同世代の中のリーダー役をやっていたのでみんなをまとめるのは得意でした。友達みたいになんでも話せる関係は本当に大事だと実感しました。モデルたちも何かあったらすぐに相談してくれるので助かっています。

egg編集長の赤荻瞳さん 撮影:今井知佑/文藝春秋

――『egg』が復活してから読者の年齢層に変化はありました?

赤荻 昔は高校生が多かったんですが、今一番多いのは20歳から25歳の方なんです。ギャルじゃない方がかなり見てくれています。プチプラメイクとかファストファッションとか、ギャルじゃなくても参考になるようなことが結構ありますね。あとは自分をうまく出せない子とかはずかしがり屋の子とかも読んでいるという声も聞きます。自由と個性を謳うギャルマインドが意外といろんな人に刺さっているのかなと思います。

――今『egg』が一番力を入れていることはなんですか?

赤荻 今はYouTubeです。ただ雑誌にも力を入れていきたいと思っています。モデルたちは雑誌に載りたいという気持ちが一番強いです。昔の『egg』みたいに全国のコンビニに雑誌が置いてあるみたいな、そんな時代がまた来て欲しいです。そのためにも雑誌は定期的に出していきたいと思っています。

egg 2009年6月号 ©大洋図書 / egg編集部

――今の『egg』モデルは中高生が中心ですが、『egg』全盛期を実際に見ていないですよね。彼女たちが『egg』を知ったきっかけってなんでしょうか?

赤荻 親の影響が強いのかなと思います。ちょうど今の中高生の親が10代の頃、ギャル全盛期ですよね。昔ギャルだったお母さんが娘にギャル魂を伝えていっているのかなと思っています。メイクはお母さんから習ったという子も多いです。

――『egg』復活時のモデルはオーディションで選んだんですか?

赤荻 最初はスカウトみたいな感じで、知り合いの知り合いをどんどん探していきました。それこそ「ギャルサー」のつながりを活用したり、TikTokやInstagramを常にチェックしていました。『egg』を復活させるに当たってモデル探しは一番大変でしたね。昔の『egg』を引き継ぎつつ、新しい『egg』を作っていくので。モデルは『egg』の顔なので、ギャルマインドのある子を選んでいます。今はモデルオーディションを定期的に開催しています。