「クソガキ、ぶっ殺すぞ」
恋はこの時期が人生において「すごい幸せ」だったと語る。ただ、彼女は祖父に愛着を抱くものの、祖母にはそうではなかったようだ。彼女の言葉である。
「おじいちゃんの家で生活した時は楽しかったです。おじいちゃんはかっこよくて、優しくて、何でもできました。しゃべり方も丁寧。よくお散歩につれていってくれたり、抱っこしてくれたりして、私の太陽みたいな人でした。
おばあちゃんは庭の手入れをまめにする人で、ごはんをつくってくれたり、学校へ送り出してくれたりしました。でも、甘えることはできませんでした。スナックで働いていてお金にがめつい人で、私にお酒をつくらせて、酔うと人の悪口ばかり言ってきたんです」
後に恋が23歳離れた晴彦と結婚し、過剰な愛情を求めた背景には、祖父へのそんな憧憬があったのかもしれない。
実家での幸福な生活に終止符が打たれたのは、恋が小学3年生の時だった。愛子が実家にやってきて、こう言ったのだ。
「これから恋は私が育てる。だから返して」
恋は知らなかったが、祖母は愛子に「養育費」と称して度々現金を要求したり、高級ブランドの腕時計などを買わせたりしていた。愛子はそれに嫌気が差して、恋を引き取ることにしたのだ。
当時、愛子は風俗店で働きながらアパートで章介という恋人と同棲しており、恋はそこで暮らすことになった。章介は“ヒモ”を絵に描いたような男で、愛子から小遣いをもらいながら、毎日のようにパチンコ店、競輪場、競馬場に通ってギャンブルに溺れていた。
夜は愛子が仕事でいないため、恋は章介と二人きりになることが多かった。章介は酒癖が悪く、ギャンブルで負けた日は憤懣を恋にぶつけてきた。恋がテレビの前にいるだけで、「なんで、ここにいるんだ」「クソガキ、ぶっ殺すぞ」と怒鳴りつけ、力いっぱい頭を殴りつけたり、背中を蹴りつけたりする。顔を見るだけで、「ブス! 部屋にこもってろ!」と罵った。
恋は章介の暴力について次のように述べる。
「あの人は私のことがとにかく嫌いだったみたいです。リビングですわっているだけで、文句を言われて首を絞められました。首を掴まれて宙に持ち上げられたこともあります。お酒を飲んでいる最中だと、中身が入っている缶ビールを投げつけられました。いつも部屋に行けと言われていたんで、私のことが目障りだったんだと思います」
この頃から、恋は大きな音を聞くと恐怖で手足が動かなくなったり、全身がガタガタと震えだすようになった。章介の怒鳴り声、壁を蹴りつける音、食器が割れる音が、彼女の心にトラウマとして刻み込まれたのだろう。