母親に下された判決
恋の心は、晴彦が考えていたよりはるかに壊れていた。そして自分を傷つけつづけた母親の愛子の死を知ったことで、緊張の糸が切れたかのように一気に精神が崩壊していった。解離性障害や記憶障害が重症化した時には、もはや自分をコントロールする術を失っていたはずだ。そんな彼女が心のバランスを完全になくしている中で引き起こしたのが、今回の事件だったのである。
公判において、弁護側の証人として出廷した女性医師も、恋の異常行動には幼少期の虐待が深くかかわっていると主張した。精神鑑定では、これまで述べた精神疾患に加えて、次のような問題があるとされた。
・軽度の知的能力障害(IQ60)
・適応障害
・混合性のパーソナリティー障害
虐待を受けた子供たちが脳に大きなダメージを受け、こうした障害を抱えることになるのは医学的にも証明されているが、どこまでが先天的なもので、どこまでが虐待による後天的なものかまで証明することは困難だ。ただ、恋が自分の子供を愛することができず、夫の愛情を求めるあまり瑞貴を殺害した背景には、幼い頃から背負いつづけた無数のトラウマと病理が関係しているのは確かだ。
公判では、恋の支離滅裂な発言が目立った。彼女は一旦は殺人を認めていたにもかかわらず、突然「窓から(瑞貴を)落としていません」と言ったり、「反省しているのは(瑞貴の)首を絞めたことだけです」と言ったりした。嘘をついているというより、何が事実なのかわかっていない様子だった。
裁判に証人として出廷した晴彦は、こう言い捨てた。
「私自身、息子を守ってやれなかったのが無念です。遺骨は納骨せずに持っています。(落としたことを恋が否定している以上)このままでは瑞貴も成仏できません。事件の真相を明らかにしてほしいと思います。私は木村恋を憎んでいます。厳しい処分を望みます。木村恋は私にかかわらないでほしいです」
もはや恋は憎しみの対象でしかなくなっていたのだろう。
裁判長は判決を下すにあたって、恋が精神疾患を抱えていたことは認めつつ、大幅な責任軽減の理由はないと判断。そして次の判決を下した。
——懲役11年(求刑・懲役15年)。