飲んでいるときも池田は紳士然としてヤクザ時代のことをいっさい喋ろうとはしないが、私は事前に警察から情報を得て、池田の逮捕歴は両手で足りないくらいあったこと、そのほとんどは窃盗や婦女暴行などで、恐喝や傷害といったヤクザらしい前科はやっと30代になってから、最後の2件くらいしかないことまで、細かく頭に入れていた。
「Bでっせ。Bでっせ」
当初、池田はよくそう言ってきた。「B勘定」、つまり裏帳簿の「B」だ。
「社長、世の中は銭でっせ」
そう言いつつ、テーブルの下に手を隠す仕草をする。裏ガネを渡すという意味だ。
「10億ならいつでも、社長、明日にでも届けます。私と社長が組めば、大きいビジネスができますよ」
10億の裏ガネを明日にでも持ってくるというのだ。そのとき、私は東京にマンションを所有していたし、伊豆の大規模な開発という夢を持っていたから心が動くことはなかったが、普通の事業家には、10億円は大金だ。しかも領収書のいらない、税金を払う必要もない現ナマなのだ。
あとで聞くと、池田は「たいがいのサラリーマンは、退職金の3倍(裏ガネを)払えばかたがつく」とも口にしていた。退職金3000万円なら1億円くらいだろう。実際、阪上はそうやって池田に取り込まれたに違いない。
断っても断ってもしつこい池田に、こう説諭したこともある。
「池田、わしら、男の磨き方というのは、いい豆腐になるために努力しているんだ。
いい豆腐ってのは、どういうのかわかるか? 最高級の豆腐は箸で摑んでも崩れない、置いても崩れない。硬すぎてもいけないし、柔らかすぎるのもダメだ。いつも四角で、角が崩れてはいけない。中はどこまでいっても真っ白という、そういう豆腐だ。お前は中を割ったら真っ黒だろう。俺は真っ白な豆腐を目指してるんだ」
池田はその後いっさいB、つまり裏ガネの話をしなくなった。
カネがダメならオンナで…
こんなこともあった。裏ガネがダメならオンナ――私の弱点を摑んで、そこから籠絡しようとする作戦である。
大阪ではふぐ料理が名物で、繁華街には多数のふぐ料理屋が並ぶ。私は毎日食べてもいいくらいのふぐ好きで、馴染みのクラブのホステスを伴って行くこともあった。ある日、北新地のホステス・早紀(仮名)と店に入り、個室で向かい合わせに座ると、なぜか今日はいつもと少し様子が違う。
「そっちに行っていい?」
横に並んで座りたいというのだ。どうもおかしい。自慢じゃないが俺がそんなにもてるわけがない。
「今日はなんとなく、社長のところに行きたいの……」