戦後の東京には裏社会の伝説と呼ばれるような個性の際立ったヤクザが多数存在した。しかし“無敵のストリートファイター”といえば、彼の右に並ぶ人物はいないだろう。

 その男の名前は花形敬。漫画『グラップラー刃牙』の人気キャラクター花山薫のモデルにもなったことでご存知の方も多いかもしれない。ここでは約30年にわたってヤクザを取材し続けるジャーナリスト鈴木智彦氏の著書『昭和のヤバいヤクザ』(講談社+α文庫)を引用し、“素手ゴロ”最強として知られる男の生涯を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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力道山との対決

 スカーフェイス、狂乱の貴公子、大江戸の鬼。どれも安藤組の花形敬につけられた異名だ。これらはすべて、花形の喧嘩の強さに由来していた。花形について、当時を知るヤクザたちの証言を端的にまとめると、「素手ゴロの達人で無敵のストリートファイター」となる。

「敬さんは本当に強かった。当時、敵対してた俺たちが言うんだから間違いない。いま親分と言われる人たちだって、敬さんからぶっ飛ばされた人は何人もいる。暴れたら、もう黙って見てるしかない。誰も止められない。安藤(昇)さん、加納(貢)さん以外はね」(現広域暴力団二次団体幹部)

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 喧嘩にまつわる花形のエピソードはあまりに多い。相手が誰であろうと、花形にかかれば赤子も同然だった。ヤクザ社会でいまも語り継がれる「花形の名を聞いて震え上がらなかったヤクザはいなかった」という話は、決して大げさなものではないのだ。闇市のテキヤも、博奕打ちも、みな花形が通りを歩くと姿を消した。花形は喧嘩の天才である。凡人はいくら努力しても、天才にはかなわない。

 まず形相がすさまじかった。顔面には20ヵ所以上の刀傷があって、一睨みされただけで、大抵はすくみ上がった。「迫力を出すため、自分でナイフを使って切り刻んだ」という証言の真偽は定かではないが、喧嘩の天才である花形が顔面を斬り付けられることなど考え難いから、その可能性は高い。

 喧嘩になれば、すさまじい破壊力のパンチを繰り出した。それも大抵の場合、相手一人につき一発と決まっていたという。蹴りやラグビーで鍛えたタックルを使うときはよほどのときだ。

「喧嘩で賭けをするのは誰でもやる。普通は勝つか負けるかだ。だけど花形の場合は相手が一発で沈むか、二発かで賭けた。花形のパンチは鉛みてぇに重めぇんだ。食らったらどんな図体のでかいヤツでも、たいがい吹っ飛ぶ。相撲取りだって膝をつく」(安藤組大幹部・森田雅。安藤組の別働隊隊長。鹿島神流の達人)

 その上、スーツもハットも汚すことはなかったというから驚かされる。

 プロレスラーの力道山も、花形の前では借りてきた猫のようだったらしい。二人のぶつかりあいは、力道山が渋谷にキャバレー「純情」をオープンさせたことが発端だった。