弱肉強食の世界
そんな弱味を、弱肉強食の世界に生きるヤクザたちが見逃すわけがなかった。ライオンが真っ先に狙うのは、怪我をしている鹿だ。弱体化した安藤組はヤクザたちの集中砲火を浴びる。
〈社長さえいれば……(安藤組では組長の安藤を社長と呼んだ)〉
花形は何度もそう思ったのではないか。社会現象にもなった安藤組という組織は、それだけ安藤昇というたった一人の男に依存していたのである。
昭和38年9月27日。安藤組の組員が町井一家の人間をめった斬りにした事件の報復が、組長代行の花形に向けられた。待ち伏せていた町井一家組員のドスが、川崎市の路上で花形のはらわたをえぐった。享年33歳。強いものほど殺される。その定理がまた一つ証明されたのである。
伝説というものは多かれ少なかれ脚色されている場合が多い。とくに裏社会のことは、いい加減な伝承が大手を振ってまかり通っている。マスコミから黙殺されるジャンルであり、確かめようとする人間もいないから、どうしたって話が大げさになるのかもしれない。
伝説になる価値のあった“強さ”
戦後の東京にはこういった裏社会の伝説がたくさんあった。個々の事例をあげつらうのは避けるが、それら伝説のほとんどは贋作だ。花形に関しても、美化された部分があることは否定しない。たとえば加納貢は花形を、
「軍曹だったが、大将ではなかった」
そう短い言葉で評する。花形には人の上に立つ器量がなかったということだろう。
だが、彼の素手ゴロが神がかり的だったのは本当の話だし、ヤクザたちにとって恐怖の存在であったことも事実である。
彼の強さはまさに伝説になる価値がある。花形に関してはそう保証する。
だいいち、どれだけマイナスポイントがあっても関係などない。強い男はそれだけで充分魅力的じゃないか。
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