用心棒として雇われていた力道山
昭和30年、鳴り物入りで渋谷宇田川町にオープンした「純情」は、この地の覇者である安藤組に筋を通さないまま開店した。当時の水商売は、地元の組織に渡りを付けなければ、絶対に商売など出来ない。理不尽極まりないが、それがこの世界の常識である。
にもかかわらず「純情」サイドが安藤組を無視したのは、バックに力道山が付いていたからである。力道山はプロレス界のスーパースターであると同時に、リングを降りてからもめっぽう喧嘩が強く、酔うと手の付けられない暴れ者だった。その上、飛ぶ鳥を落とす勢いにある町井一家(その後、東声会となり暴力事件を頻発させた)と密接な関係にある。乱暴な言い方をすれば半分ヤクザ。リングでもストリートでも裏社会でも強い。
「野郎、ふざけやがって」
花形と安藤組の大幹部たちは、すぐに「純情」に向かった。入口でフロアマネージャーを詰問していると、奥の階段から力道山が姿を見せた。鼻息荒く力道山が言う。
「なんの用だ」
「てめぇに用はねぇ。ここのオヤジに用がある」
花形が顔色一つ変えずに答えた。
「この店の用心棒は俺だから話があれば聞く」
この一言に花形がキレる。
「二度と悪酔いして暴力をふるいません」
「てめぇ、ここをどこだと思ってやがる。てめぇみてぇなヤツに用心棒がつとまるか!」
真っ赤な顔でワナワナと震える力道山は、鼻っ面を突き合わせるようにして花形と睨み合った。一触即発の緊迫感が辺り一面に漂った。
「飲もう」
そう言って折れたのは力道山だった。しかし、それでハッピーエンドになるほど、暴力社会の喧嘩は甘くない。おイタをすればお仕置きをされる。それがルールだ。一度牙を剥いた以上、力道山は落とし前をつけなければならなかった。しかし、天然なのか故意なのか、力道山は自分が取り返しの付かないことをしたという自覚がないようだった。
「てめぇはプロレスが商売か、用心棒が商売か!」
横で成り行きを見ていた別の安藤組大幹部が凄む。力道山は無言で階段の奥に消えた。
ちなみにこの事件は力道山と親しい力士が間に入り和解のテーブルが持たれたが、その席を力道山がシカトしたことによって、力道山襲撃計画に発展。銃を抱いた安藤組の襲撃犯が、交代で大森にある力道山の自宅に一週間張り込むことになった。姿を見せればもちろん撃つ。口だけの脅しと違い、安藤組は実行することでのし上がってきたのだ。しかし、襲撃犯が自宅に戻らない力道山にイライラしているところへ、再び力士から詫びが入った。結末は暴力社会の人間が国民的英雄に「二度と悪酔いして暴力をふるいません」との確約をさせるというブラックジョークのようなものとなった。