昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

中世日本のナゾの慣習「うわなり打ち」…なぜ妻たちは“夫の不倫相手”を襲撃したのか?

『室町は今日もハードボイルド』より #2

2021/06/17

 毎週のようにワイドショーを賑わす、有名人の不倫騒動。パートナーの不貞行為は古今東西、あらゆる人々を悩ませてきた。中世の日本を生きた代官や武士の妻たちもまた、夫の不倫に苦しんでいたが、一方で彼女たちは、現代では絶対にありえない“復讐”に打って出ることもあった。それが「うわなり打ち」である。

 当時の日本女性たちは、女友達を大勢呼び集めて、夫を奪った憎い女の家を襲撃して徹底的に破壊、ときには相手の女の命を奪うことすら辞さなかった。この「うわなり打ち」という奇妙な慣習は、なぜ生まれたのだろうか――。

 NHKの「タイムスクープハンター」などの時代考証も務めた清水克行教授が、中世日本人のアナーキーすぎるエピソードをまとめた『室町は今日もハードボイルド』(新潮社)より、抜粋して紹介する。(全2回の2回目/前編から続く

◆ ◆ ◆

女の敵は女?

 以上、「控えめでお淑やかな日本女性」という伝統的なイメージを覆すに足る、当時の女性たちのまことに勇ましい実態を紹介した。ただ、ここで少し立ち止まって考えてみてほしい。このうわなり打ちの習俗、どこか歪んでないだろうか?

 男に浮気された上原郷の未亡人も、北条政子も、怒りの矛先が何か間違ってはいないだろうか? 彼女たちの怒りは、本来ならば浮気相手の下女や亀の前ではなく、すべての原因をつくった色情狂のハレンチ代官や、妻の眼を盗んでセコイ浮気を繰り返す頼朝に向けられて然るべきである。なのに、なぜうわなり打ちは浮気夫本人ではなく、浮気相手の女性をターゲットにしてしまうのだろうか?

 私の授業では毎時間、学生にリアクションペーパーを配って、その時間の感想や質問を求めているのだが、そんな疑問を授業で学生たちに投げかけると、男女を問わず、いろんなコメントが返ってきて、こちらも勉強になる。以下は、その一例である。

「いちど好きになった人は、その人がどんなに悪くても憎めないと思います。(1年女)」

——なにか哀しい実体験を踏まえているのだろうか……?

©iStock.com

「高校でクラス公認のカップルが破局したとき、クラス中の女子が彼氏の新しい彼女の陰口をいうのをみた。女とは、そういうものだと思う。(1年男)」

——キミの女性観の歪みが心配です……。

「男性は浮気をされるとパートナーを恨み、女性は浮気されると浮気相手を恨むと、脳科学の本に書いてありました。(2年男)」

——それ、ホントか?

 もちろん全員ではないが、男女を問わず、浮気相手に怒りが向かうのを自然と考えている大学生がいるのが、私としては衝撃だった。なかには怪しげな「脳科学」の成果を信用して、それを生得的な女性の本能であるかのように理解している子までいるのは、少々心配である。しかし、このうわなり打ちの歪みは、どうも、それが成立した時代と、大きく関係しているらしい。私も歴史学者だ。この問題をあくまで歴史的に分析しよう。