最高に幸せな瞬間も、最低で惨めな瞬間も、どんな人も、心も、永遠に留めることはかなわない。けれど、写真家でもある著者の植本さんは、それを紙の上に留める方法を知っている、と私は思う。
震災後、ラッパーの夫(ECD)と二人の娘を抱えて七転八倒する彼女の日記と、それを包むように置かれたテキストには、揺れる想いが真剣勝負で綴られている。子どもに当たっては自己嫌悪に陥り泣き、恋をしてもがき、離婚したいと切り出し(断られ)、仕事やお金のことで駆け回る。
「お母さんであり女であり少女であり私なのだった。『お母さん』だけになれたら、こんなに苦しい思いをすることもなかったのだろう」
『働けECD~わたしの育児混沌記』に続く本作だけあって、そのあまりにも大変すぎ!な激動(激情?!)の日々は、エクストリームで不条理(忙しい時に限ってDVD見まくるとか、自分に自分で疲れまくるとか)だけれど、なぜか共感できるし、不思議と全てが肯定されてゆくように感じられ、次第に勇気が湧いてくる。
それと同時に、私が、私たちが(男性も含め)心の奥底に仕舞い込んで忘れていた、否、忘れようとしていた気持ちが鮮やかに切り出されてゆくことに驚く。
子どもができたからって自動的に母(父)にはなれないし、年中子どもを愛せるわけではないし、時にはひとりになりたいことだってあるし、結婚しているからって好きな人ができないわけではないし、私は私自身なのだから!
そんなあたりまえを――しかし世間や社会からは黙殺されているそれを、植本さんがひとつひとつ自らの身体と言葉をもって書き換えてゆく様は圧倒的だ。
決して戻らない全ての去りゆく瞬間を、必ずやってくる人との別れ(死を含め)を、この世のすべての「かなわない」を、諦念ではなくただまっすぐに見つめる植本さんの視線は、言葉は、どこまでも澄み切っている。
うえもといちこ/1984年広島県生まれ。写真家。2003年、キヤノン写真新世紀で優秀賞を受賞。以後、広告、雑誌、CDジャケット、PV等で幅広く活躍。著書に『働けECD~わたしの育児混沌記』がある。
こばやしえりか/1978年生まれ。作家、マンガ家。小説「マダム・キュリーと朝食を」で芥川賞候補。最新刊は『光の子ども』2巻。