前回記事において、私たちは茨城県内で死亡ひき逃げ事件を起こした犯人、チャン・ティ・ホン・ジエウ(30)の過去を追い、彼女がかつて技能実習をおこなっていた岡山県の漁村Z地区に向かった。そこで判明したのは、ジエウ本人は来日当初から問題の多い人物で、後に無責任な事故を引き起こしたことも宜(むべ)なるかな──。という、ある意味でシンプルな答えだった。

 しかし、過去に漁村Zから逃亡した技能実習生はジエウだけではない。それどころか、集落で働く50~100人程度の技能実習生のなかからは、毎年のように逃亡者が出ている模様だ。コロナ前の2019年、日本全国で実習生の逃亡率は1.7%だったので、漁村Zにおける毎年1~2人程度の逃亡は確率的には不思議ではないものの、やはり逃げ出す理由は気になる。

自転車に乗り退勤するベトナム人技能実習生。どう見てもベトナム国内のハロンやハイフォンの町外れにしか見えないが、岡山県である。撮影:郡山総一郎

 漁村Zの主産業である牡蠣養殖は、技能実習生の仕事のなかでも特に大変だとされる。未明から冷たい海と向き合う水仕事に従事し、さらに収穫した牡蠣の殻を延々とむき続ける(牡蠣打ち)。重労働だが、同じくハードな建設業界などと比べると給料が安いと言われている。

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 現場で働く人たちはいったい、何を感じているのか。その実態を探るべく、私たちは日没後に漁村Zを再び訪れ、集落内でこっそり取材を進めることにした──。(全2回の2回目/前編から続く

真っ暗な路地で住居を見つける

「あっ、この家。たぶん実習生寮ですよ」

 すでに私の記事ではおなじみの通訳のTが、家屋のひとつを指差して小声で言った。時刻はまだ午後7時過ぎにもかかわらず、街灯が少ないことから集落全体が真っ暗だ。そのなかで、室内の光が漏れていた家の2階の窓の外に、洗濯物が何着も干されていた。ベトナム人労働者は夜間や雨の日でも外に洗濯物を干しっぱなしにしがちだ。

 玄関先に回ると数台の自転車があった。車なしでは生活できない地域にもかかわらず、大人用の安物の自転車ばかりが出入り口に複数停められている家は、技能実習生の寮である可能性が非常に高い。日本国内でマイカーを持つ技能実習生はほぼいないからだ。

 突撃を決める。ひとまずインターホンを押したところ、ビンゴだった。屋内からフォーの匂いが流れ出すとともに、玄関先に引っ掛けられたノンラー(ベトナム式の笠帽子)をバックにして部屋着姿の若い女性2人が顔を出したのだ。もっとも、さすがに女子寮に上がり込むわけにはいかないので、自分たちの訪問目的を明かして玄関先で軽く話を聞く。

取材に応じたベトナム人女性(本人)。なお、今回の記事に登場する男女はいずれも、日中に取材したA水産とは別の会社に勤務している。撮影:郡山総一郎

「私たちの仕事? きついし、しんどいよ。女の子は海に出なくていいだけマシだけど、忙しいときは深夜1時から働く。社長は厳しい人。この2年半、集落の外にはほとんど出ていない。さすがに、いろいろリスクもあるから逃げる気はないけれど……」