今年3月、在日外国人問題を扱うノンフィクション『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)を上梓したルポライターの私は、目下、2020年12月19日に茨城県古河市で発生した死亡ひき逃げ事件を追い続けている。
元技能実習生で不法滞在者(仮放免)のベトナム女性、チャン・ティ・ホン・ジエウ(当時30歳、以下「ジエウ」)が、無免許運転をおこない、当時55歳の日本人男性を死亡させたうえその場から逃走。翌日に逮捕された一件である(前回記事参照)。亡くなった男性は古民家再生の分野で豊富な実績を持つ建築士で、地域の文化の担い手として尊敬を集めていた人物だった。
近年、逃亡した技能実習生やそれに近い立場の在日ベトナム人(通称「ボドイ」)の間では、無車検車両の売買や無免許運転がほぼ野放し状態になっている。ボドイたちによる小規模な交通事故も多発してきたが、おそらく古河事件は日本人の犠牲者が出た最初の例だ。
いっぽう、加害者のジエウは私との接見や初公判の場でも罪の意識が希薄に見えた。2021年春に一審で懲役4年の実刑判決が下ったが、本人はどうやら「刑が重すぎる」という認識を持っているようだ。ジエウや彼女の親族・友人に賠償金を支払う経済力はほとんどないため、事件の遺族は事実上、泣き寝入りに近い状況を強いられるとみられる。
ジエウを生んだのはどんな環境だったのか。私が彼女のかつての職場を追跡したところ、さらに救いようのない現実が浮かび上がった──。(全2回の1回目/後編に続く)
4人来た実習生は全員が逃げた
「ジエウは働いて5~6ヶ月で逃げたね。平成28年(2016年)4月8日の夕方におらんようになって、10日に警察署に失踪届を出した」
岡山県東部の漁村Z地区で、牡蠣の養殖業を営む小規模な水産会社を経営するA氏は、私の取材にそう話した。数年前に先代である父親から事業を引き継ぎ、家族とともに事業をおこなっている。2015年11月、ジエウはこのA水産に技能実習生として来日した。
漁村Zは250世帯ほどの集落だ。最寄りのローカル線駅まで約17キロ、集落内に食堂や雑貨店はなく、村外に出る方法は1日に10本足らずのバスか、誰かの自家用車やタクシーに乗るしかない。
集落の主産業は牡蠣養殖であり、A水産と似たような小規模経営の業者が海沿いに何軒も並ぶ。空き地には牡蠣の成熟幼生を固着させるための、ホタテ貝を連ねた苗床が多数置かれている。
だが、漁村Zは人気(じんき)がよいのが救いだった。私はジエウの妹から聞いた、ローマ字表記のおおまかな地名と会社名(ありふれた名称だった)だけを頼りに集落を探したため、結果的にアポ無しで訪問する形になったのだが、最初に会った漁協の関係者もA水産の人たちも親切に対応してくれた。A氏は言う。
「いまは実習生の8割がたがベトナム人。仕事ぶりは会社によっても違うんじゃが、優しいお婆ちゃんが大事に扱ったりするところでは、付け上がって真面目じゃなくなる。あと、最初の2~3年は真面目でも(技能評価試験に合格して技能実習3号になる)4~5年目からいきなり適当になるやつもおるね」