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中国人は「大使館に連絡する」と脅してくる

 ただ、自然環境や業務形態が類似している瀬戸内海の同業者に起きた事件が、漁村Zの住民たちに与えた衝撃は大きかった。特に中国人の技能実習生については、事件に加えて日中間の経済格差の縮小や労働者の権利意識の向上もあり、雇用側から見れば使いづらくなった。

身を取ったあとの牡蠣の殻を運ぶベルトコンベアー。撮影:郡山総一郎

「一昨年前にいた中国人実習生は、日本でなあんもせんでも月に15万円もらえると、中国国内のブローカーに言われとったらしい。事件以来、牡蠣打ちは中国で評判が悪うなったから、騙されて連れてこられたような子やら、精神的に不安定な子も多い。江田島みたいになったら怖いと思うよ」

 ちなみに、江田島で事件を起こした陳双喜は事件の直前、「テレビが自分の悪口を言っている」という妄想にさいなまれていたとされる。いまや技能実習生になる中国人は、40代以上の比較的貧しい層の人たちでなければ、若者の場合は中国国内で職が見つからないような人材ばかりだ。

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「そういう若い子の場合、日本に来てから、不当な扱いを受けてます言うて『中国大使館に連絡する』と騒ぐ。いっぽうで(技能実習生を送り込む)監理団体も技能実習機構も、なあんもしてくれん。困る」

 ゆえに、昨今の中国人と比べれば重労働や低賃金であっても文句を言わない、ベトナム人の技能実習生が多く雇用されるようになった。それが、ここ5年ほどの流れだ。

エモい青春アニメ的風景と『蟹工船』労働

 ひどい話のようにも思えるが、たとえば漁村Zでとれた牡蠣は、日本人なら誰もが名前を知っている大手スーパーの店頭にも並んでいる。私たちが惣菜コーナーの特売でカキフライを買って安く食べられるのは、もとはA水産のような会社でおこなわれている牡蠣打ち労働のおかげである。

 なお、漁村Zの地名と同音の姓を名乗る氏族は、鎌倉時代の記録にも見える。集落は非常に古い歴史を持つ土地なのだ。いっぽう、地理環境としては非常に閉鎖的と言わざるを得ない場所にもかかわらず、取材の際は漁協の関係者やA氏夫妻ほか、いい意味で田舎っぽい親切さを感じさせる人が多く、好感が持てた。

 加えて瀬戸内海の景色は風光明媚なことこの上ない。思わず頭のなかで「いい日旅立ち」が流れ出しそうな、もしくは新海誠の青春アニメ映画の舞台に選ばれそうな──。つまり、私たちの心を打つ古き良き美しい日本がここに存在していることも確かであった。

夕暮れどきの瀬戸内海。海面に浮かぶ四角いものは牡蠣の養殖イカダだ。どの水域にイカダを浮かべるかで牡蠣の味は変わるといい、業者の腕の見せどころである。撮影:郡山総一郎

 漁村Zで取材をおこなっていると、実習生も雇用側もすべてがどこかに根深い構造的問題を抱えている気がする。だが、絶対的に「悪い」人間などは(死亡ひき逃げ事件を起こしたジエウ以外は)どこにも存在しない。

 息を呑む絶景と素朴で優しい人たち、そして美味しい食材。これらの最も美しきものたちと同時に並行して、ベトナム人技能実習生が織りなす『蟹工船』のストーリーが展開している。令和の日本のプロレタリア文学は、なんともシュールでナンセンスなのである。