夜中にいきなり訪問した初対面の相手にもかかわらず、ハードな事情を気軽に喋ってくれた。ベトナム語が通じる外部の人間が珍しかったのかもしれない。彼女たちから男子寮の場所を教えてもらってから、私たちは再び声を殺して、夜の闇のなかで眠りこける集落の路地をひたひたと進んだ。
月収7万円、学べることは「ない」
「こんなはずじゃなかった。自分たちの運命は受け入れているけれど、もちろん不満がある。たとえアンタたちが記者でも警察でも、なんでも喋ってやるぜ」
間もなく男子寮を見つけたので、玄関先に出てきたベトナム人男性の目の前に12缶セットの缶ビール(350ml)を問答無用で突きつけて家に上がりこんだところ、乾杯もそこそこに口を開きはじめた。
彼らが暮らす男子寮は、かつて経営者の親族の自宅だったようだが、建物の劣化が激しく、異臭や汚損がひどい。私がこれまでの取材で見た、実習先を逃亡した不法滞在者(ボドイ)たちが集まり住んでいる家と、環境はほとんど変わらないように見えた。
私が話を聞いたのはベトナム中部出身の20~30代の男性数人である。以下、個人特定を避けるために、3人を「V」(Vietnam)という名前の人格に統合して対談形式で書いていくことにしよう。
──まずはお決まりの話から。出国前の借金はもう返せましたか?
V: まだだ。3人とも出国前に100万円ほど借金を作っているんだが、1年半は借金を返すだけで精一杯。牡蠣打ちの仕事は、繁忙期の冬は早朝から冷たい海に入ってキツいけれど、月18万円くらいもらえるからまだいい。だが、牡蠣を育てる夏の時期は1日5時間くらいしか仕事がなくて、月7万円なんて場合もある。カネを稼ぐために日本に来たはずなのに、これじゃあ貯まらないよ。
──日本に来る前はなにの仕事をしていたんです?
V: 水産とは無関係な仕事をしていたやつが多い。俺は漁業関係だったけれどな。とはいえ、牡蠣打ちの『技能』がベトナムで役に立つとは思っていない。ベトナムでも牡蠣は食べるが、水質も違うし、養殖の方法も違うだろう。ここで学んで得られることは何もない。
ベトナムよりも「暮らしが悪い」
話はさらに漁村Zについても及んだ。後述するように、この集落は決して悪いばかりの場所ではなく、日本人(すくなくとも地域の住民)であれば郷愁や居心地のよさを感じる人もいると思われる。ただ、異国から来た労働者の目にも同じように映るかは別の問題だ。
──買い物はどうしているんですか。
V: 月に1~2回、社長がスーパーに連れて行ってくれる。新鮮な果物を買ってきてもすぐに腐って、次回のスーパー行きまで果物なしになるのがつらい。あと、酒もあまり買えないから、同僚とパーティーなんかもあまりできないな。