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2021/06/15

──新鮮な果物がない、あまり酒を飲めない、仲間とパーティーができない、というのはベトナム人の若い人にはしんどいですね。なにより、スーパーで買い物をするときも社長同伴では、気晴らしができない。

V: ここはベトナムよりも暮らしが悪い場所だよ。ベトナムなら小さな集落でも売店や食堂くらいはあるのに、ここにはなにもないんだ。

この集落から逃げる方法はない

──この家(=技能実習生寮)と、みなさんのベトナムの自宅の環境を比較するとどうですか。

V: 家賃は非常に安いけれど、すべての面でベトナムより劣っている。狭いし、汚い。夏にここの2階の寝室にあがってみろ。クーラーがないから暑くて死にそうだ。社長にお願いしてもつけてくれない。いまどきのベトナムの家なら、普通はクーラーぐらいある。

──ほかに文化のギャップを感じることはありますか?

V: 日本人は怒るの大好き。人前でどなりつける。雇われている身だから受け入れるしかないのは理解してるが、恥をかかされると腹が立つ。怒られるのが嫌で逃げるやつが出ても驚かないね。

夜道を進む。決して悪い場所ではないのだが、狭い集落なので日中は簡単に顔見知りに会ってしまう。働く側は気が抜けないだろう。撮影:郡山総一郎

──あなたたちは逃亡を考えたことはないんですか?

V: 一応は“ない”。仕事が終わる時間には集落外に出るバスがないことが多いし、タクシーを呼ぶことも難しい。いまはコロナで仕事がないからどっちにしても逃げないんだが、仮に逃げたいと考えても、この集落から簡単に出る方法はない。アンタが雇ってくれるなら大喜びで着いていくが、俺たちをここから連れ出してくれないか?(笑)

江田島牡蠣打ち8人殺傷事件の衝撃

 このあたりで、話の時間を日中に戻そう。茨城県内で死亡ひき逃げ事件を起こした元技能実習生・ジエウの過去の勤務先である牡蠣養殖業者・A水産(前回記事参照)でのことだ。

 私の取材に応じた社長のA氏は、雑談にも気軽に応じてくれた。現在、牡蠣打ちの労働環境は以前と比べれば良くなっているとされる。

「昔は実習生を1日中怒鳴りつけとるような会社もあったけど、広島の例の事件からはだいぶ減ったように思うね。あの当時はわしらも、会社側がどんだけの無茶苦茶をやったらあんな事件がおきるんじゃ、常識外れの話じゃ思うたけれども……」

働くベトナム人技能実習生。撮影:郡山総一郎

 広島の「例の事件」とは、2013年3月14日に広島県江田島市の牡蠣養殖業者で中国人技能実習生の陳双喜(当時30歳)が暴れ、勤務先の社長ら2人を殺害、さらに6人を負傷させた事件のことだ。ちなみに同事件は、現在は中国の某国営メディアに勤務する女性記者が早稲田大学大学院のジャーナリズムコースに留学中に詳しく調べており、修了作品としてルポ(非公開)を書いている。

 私がこの女性記者から直接得た情報では、江田島事件の実態は、もともと重度の精神疾患を抱えていた可能性が高い陳が、妻の不倫などにより精神状態を悪化させて暴走したものだったらしい(ただし裁判では陳の精神疾患は論点とされなかった)。

 低賃金や閉鎖的な労働環境などの牡蠣打ち技能実習生の労働問題と、大量殺傷行為との因果関係も、まったくゼロではなかっただろう。とはいえ、主たる原因とはいえなかった。