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「男らしくあること」の呪縛…“男の子にならない方法”とは

速水健朗が『「男らしさ」はつらいよ』(ロバート・ウェッブ 著)を読む

2021/06/25
『「男らしさ」はつらいよ』(ロバート・ウェッブ 著/夏目大 訳)双葉社

 著者のロバート・ウェッブは、40代後半のイギリスのテレビ番組などで知られているコメディアンだ。

 原題は『How Not to Be a Boy』。直訳すれば“男の子にならない方法”。これはフェミニズムをテーマにしたベストセラー書、キャトリン・モランによる『How to Be a Woman』(2011年)の題名をもじったものでもある。

 ウェッブが「男らしい男」に嫌悪を抱くようになるきっかけは父親だった。父親は、酒場では人気者というタイプだったが、あちこちで浮気をしては母親を悲しませた。家ではテレビのニュースを見ては左翼の悪口を言い、サッチャー政権を支持していない女性を嫌った。そんな父親だから勉強するより喧嘩をするほうが男らしいという価値観を子どもにも示してきた。父は「男らしくあること」の呪縛とともに生きてきたのだ。

 一方、母親はおとなしい性格で労働党を応援していた。二人はウェッブが子どものころに離婚を選択する。

 よその男の子よりは、母親とよく話をする少年だったよう。80年代後半の英国の双子のアイドルグループのブロスの話をするなど、流行の音楽をめぐるエピソードが印象的だ。母親はビートルズ以降のバンドは認めていないので、新しいバンドには不快感を示す。そして母のビートルズの話は長く、ウェッブはそうなる前に切り上げる。その母はウェッブが10代後半のときに他界してしまう。

 ウェッブがどういうタイプのコメディアンなのか、日本で知名度は低いし本書だけでは把握しきれない。だが“あるある系”が得意なことは確かだ。そもそもイギリスにも“あるある”があるのだと本書で知った。

 あるあるは、日常の中から誰もが気がつく何かを指摘するものではない。当たり前にそこにあるけど、誰もが見逃している何かを抽出し、言語化するから「あーあるある!」となる。そもそも意外性がなければ笑いは発生しないのだ。

 イギリスのコメディアンらしいひねくれた表現や細かなポップカルチャーの話も多い。だが本筋は、人生のあらゆる場面で男はこうあるべしという呪縛と向き合ってきた著者の葛藤についての記述だ。多様性が大事という話はややもすれば退屈にもなるが本書は、それを“あるあるネタ”の質の高さによって回避している。

 先ほどの母親の価値観がビートルズで止まっていて意見を曲げない話は、ベビーブーマー世代あるあるとしてよくできているし、国境を超え共感できる“母親あるある”になっている。

“あるある”は日常の中で無意識に見逃されがちなものを見つけ出す技術だ。世の中は、類型化して男性や女性を当てはめようとするステレオタイプであふれ、その多くは見過ごされて生き延びている。それらを見つけ出す視点を本書は持つ。思いのほか、あるあるは汎用性が高い。

Robert Webb/1972年、イギリス・リンカンシャー生まれ。コメディアン、俳優。お笑いコンビ「ミッチェル&ウェッブ」として主にテレビで活躍。本書が初の著書で、2020年に初の小説『Come Again』を出版。
 

はやみずけんろう/1973年、石川県生まれ。ライター、編集者。TOKYO FM『TOKYO SLOW NEWS』にてパーソナリティを務める。

「男らしさ」はつらいよ

ロバート・ウェッブ ,夏目 大

双葉社

2021年3月17日 発売

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