1ページ目から読む
3/4ページ目

 それでも、自分の給料でご馳走してくれるのが嬉しく、私はほうれん草のお浸しなど3品くらいを注文しました。すると、「そんなに次から次へと頼んで、全部食べられるんだろうな」と怖い声で言うのです。そして、落合はビールを注文したくらいでほとんど食べません。

 私が食べ終わり、その店を出ると、落合はこう言ったのです。

「よーし、それじゃ、家に帰って飯を食おう」

ADVERTISEMENT

いつのまにか食事もユニフォームの洗濯も…

 家って、私の実家です。結局、その日も私と母で3人分を作ります。バランスよく食べさせようと工夫はするのですが、落合はお腹が落ち着いてくると、「おい、おまえも一緒に食べろよ」と私を呼びます。そして、食べたくない物を箸でつまみ、私の茶碗や皿にポンポンと移してくる。自分の嫌いな物だけを私に食べさせるのです。

 しかも、食べ終わると落合はゴロリと眠ってしまいます。それだけでは終わりません。日付が変わる頃に目を覚まし、「腹が減った。何か作ってくれ」と。眠い目をこすりながら日本蕎麦の乾麺を茹で、薬味を刻んで出すと、「美味いよ。もう一杯」と悪びれずに言うのです。でも、そういう子供っぽい態度が母性本能をくすぐるのでしょうか、落合を嫌いになることはありませんでした。

 食事だけでなく、落合のユニフォームなどの洗濯も、いつの間にか私の仕事になっていました。洗濯機を夜遅くに回せばご近所迷惑だし、まだ人工芝よりも土のグラウンドが多かった時代ですから、洗濯機の中が泥だらけになります。落合に聞けば、1軍に上がればユニフォームは球団が洗濯してくれるというので、それなら何としても1軍に上がりなさいと尻を叩くようになりました。

 1年ごとが勝負のプロ野球という厳しい世界で、プレーを続けていくことができる目途が立った頃、私は落合に「食費くらい出してくれる?」と言いました。落合には「早く言えよ」と返されました。夢はあるけれどお金はない東芝府中の頃に出会い、プロ入りしても年俸360万円で必死にプレーしている姿、私と母が作る手料理を好き嫌いしながらも美味しそうに食べている姿を見ていると、「食費くらい出してよ」と言い出すことはできなかったのです。