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「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは

『NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』より #2

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引き返すチャンスはあったはず

 家を飛び出したとき、女性は50歳ぐらいだった。男性と出会い母親に交際を反対されたとき。内職を辞めたとき。母親の金を使い込んでしまったとき─。何度も引き返すチャンスはあったはずだ。それぞれの時点で思いとどまることができていれば、ふるさとを、そして家族を捨てる必要はなかったのではないか。残された母親の気持ちはどうなるのだろう。

 同じように、家族を残し、父親がいなくなった自身の経験から、私の胸にはこみ上げてくるものがあった。女性が少しでも母親の立場になって考えることができていれば、3年後に逮捕されるようなことはなかったのでないか。そんな風に思わざるを得なかった。

 その後の二人の行方を知る人は、地元には誰もいなかった。二人が実家を出て行ったあと、しばらくして母親は亡くなった。最後は家に一人だったという。葬式には女性の姿はなかった。

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居場所がなくなってしまった女性

 仕事を失い、母親の年金を頼りにした末に実家を出てしまった女性。母の生活も変えてしまっただろう。家族は女性について何を思っていたのだろうか。憎しみだろうか、それとも、彼女を止められなかったことに対する後悔だろうか。そして、女性は家族から母の死について知らされていたのだろうか。

 ふるさとに、女性の居場所はなくなってしまったのだろう、と私は思った。

女性の生家 写真提供=NHKスペシャル

 人生を過ごしたふるさとを捨てるまでのいきさつを聞いたあと、改めて女性の生家へと向かうと、女性が男性と一緒に生活していたというプレハブ小屋はすでになくなっていた。

「女性が実家を出て行ったあとに、母親が取り壊したと思う」

 近所の人はそんな風に話していた。

 太平洋の浜風が吹き、波の音が聞こえた。海を望むこの場所がとても悲しい風景に見えた。母親はプレハブ小屋を、家族を崩壊させたものとして捉えていたのかもしれない。だからこそ、すぐにでも取り壊したいと考えたのかもしれない。ふるさとでの女性の人生は、あまりにも寂しいものに思えた。

 女性はどこで道を違えたのか。違う結末もあったのではないか。私は自問し続けていた。