「このまま放置したら指から壊死してしまうよ?」
無言を貫く下川に市原は苦戦していた。
以前に捜査2課が、小田嶋を捜査していたことは前述した。下川も一連の捜査で聴取を受けており、警察の取調べに対する免疫があった。素直に小田嶋の居場所を話せと言って、口を割る雰囲気ではない。
取調室に入ってから、時間は4時間あまりが経過していた。
ジリジリとする空気のなか、市原は春先に行われたオウム真理教の捜査を思い浮かべていた。洗脳された信者の取調べは至難を極めた。そうだ、押してもだめなら引いてみるか……。
──あなたは小田嶋を信用している。それはいい。信じられる相手がいるということは幸せなことだと思う。女としても男としてもね。でも、いま一緒にいた小田嶋が苦しんでいるんだよ。指の麻酔ももう切れている。きっとのたうち回っているぞ。小田嶋はいま隠れている。あなたがいないと病院にも行けない。このまま放置したら指から壊死してしまうよ? それでいいわけないだろう?
「………」
――いまだって小田嶋は痛くて苦しんでいるぞ。助けてやろう。
「うーーん……」
――実際は誘拐されていない、狂言だって知っているよ。だけどね、小田嶋をこのまま放置したら、治療させなかったら命に関わってくるよ?
市原は方針を変えた。男にのめり込んだ女を引き剝がすことは困難を極める。小田嶋を助けようと語り掛けることで、愛人の“情”に訴えかけたのだ。下川の反応が少しずつ変化してきた。
――もし小田嶋が罪を犯していたら償わせないといけない。でも、今は彼の命を助けることが先決だぞ。
「………」
――おまえは小田嶋を好きなんだろ? 愛しているんだろ?
下川はコクリと頷いた。
愛人は静かにペンを取って……
――このままだと小田嶋は死んでしまうぞ。死んでしまうぞ!
「はい……」
――今まで一緒にいたな?
「はい……」
――どこにいたんだ?
「………」
――言いにくいか。口に出せないなら、ここに書きなさい。
市原は紙とペンを渡した。
下川は苦しそうに天を仰ぎ、筆を取った。
〈赤坂〉
用紙にはそう記されていた。
――赤坂のどこだ? 小田嶋を助けよう。救急車を手配する。続きを書いてくれ。
下川は再び静かにペンを取った。
〈キャピトル東急〉
潜伏場所が割れた──。
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