――それはなんでしょうか?
あさの「あなたの人生の全貌をあなた自身は知らないんだよ」ということです。
彼はメモの中で「自分の人生に価値を見出せない」などと書いていました。でも、私がどれだけ彼に励まされていたかということを、彼は知らなかったわけですよね。そのことを知ってほしいという気持ちがあって、彼に向けた手紙として、この本を書きました。そうして、今消えてしまいたいと思っている人にも、そのことが伝わればいいなと思います。
彼を「忘れることが怖くない」理由
――今、彼のことを思い出すのはどんな時でしょうか。
あさの 大きなニュースがあった時に、彼ならなんていうのかなと考えます。彼、新型コロナ感染症が広まる前に亡くなってしまったので、今のこの社会に生きていたら、どんなふうに思うだろう、とは聞いてみたいです。
――友人の自死と向き合う中で、社会に対して感じた思いはありますか?
あさの そうですね。私と同じように、大切な人を失ったり、辛い気持ちを抱えている人はたくさんいると思います。「どうして」と考えても答えが出ないことをずっと考えていたり。それとすぐに向き合って解決したり、解釈をして理由をつけたりしないでもいい空気があるといいなと思います。名前がつけられない、わからないものを抱えながらでも生きていこうよ、と言いたいです。
――本の中では、「彼を忘れること」への恐れも繰り返し語られていました。今はもう、忘れることは怖くないでしょうか?
あさの 理由を考えるのと同じで、彼のことを無理に忘れないでおこう、心に刻みつけようとすると、本来の彼じゃなくなっちゃうと思うようになりました。何かの絵の上にトレース紙を敷いてなぞっているような感じ。何か見えたと思っても、それはトレースした彼で、本来の彼ではない。自然なままにするのがいいんじゃないかなと。
それに、自分を木に例えるなら、もう幹の部分に彼からもらった養分が染みてるもんなと気づいて。入れ替わらない部分で影響を受けているから、細かいことを忘れても大丈夫だって思ってます。
※厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」が掲載している、悩みを抱えた時の相談先はこちらから。
写真=佐藤亘/文藝春秋