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 が、車を使うまでもない距離に後藤はいた。新宿警察署近くのマンション13階に後藤組系の企業事務所があり、その奥の部屋で後藤は待っていた。私は重苦しい気持ちのまま、彼の前に座った。

「出版は中止してくれ」

 後藤は言い出した。

「山口組の仲間があんたの連載を問題にしている。あんたとは知らない仲じゃないけど、山口組にははねっ返りもいる。あんたにケガをさせたくないし、俺ももう少しヤクザ人生を続けたい。今後山口組について書くに当たっては事前に俺に原稿を見せてくれないか」

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 私は連載の記事をもとに、すでに単行本『五代目山口組』の準備を進めていた。原稿はあらかた仕上がっている。本が出た後は山口組について書くつもりがなかったから、こう答えた。なにより予定を隠して、後でもめたくなかった。

「お見せするのは構いません。しかし後藤さんにお見せするより前に、連載の一部を収録して、単行本を出しますよ」と正直に伝えた。

 後藤は「それは困る。本のゲラを見せてくれ」と言った。

「お見せする時間があるかどうか」

 私は一応答えて、考え込んだ。ゲラを見せれば、「これはダメだ、あれを直せ」と収拾がつかなくなる。ヘタをすれば本そのものが出せなくなる。そうであるなら、自分できつそうな表現を改め、変更前、変更後の文章を20本ぐらい用意する。それだけを見せて、後藤にはご勘弁願おうかとチラッと思った。後藤はどうせ山口組の執行部に報告するだろうから、「私が言って、これ、この通り改めさせました」と自分の功績にすればいい。私は虫のいいことを考えた。

「出版を中止するわけにはいかないのか」、後藤が言った。

「それはできません。輪転機がもう回ってますから」と、私はウソをついた。新聞ではないのだから、輪転機はないだろうが、この際、ウソだろうとなんだろうと、使える方便はなんでも使う。

「わかりました。お見せできるように努力します」

 私は答えて、立ち上がった。

 しかし、話が終わって表の通りに出たときにはぐったりした。とんでもない難問を抱えさせられた。とりあえず妻に電話し、後藤との話を終えたことを伝えた。

 2日後、後藤は東海道新幹線の中から電話を掛けてきた。

「ゲラを見せる、見せないでなく、出版を中止してくれ。初版の印税は負担する」

 と言うのだ。

 この要求には頭に血が上った。

「あんたの中止要求を飲めばもの笑いのタネだ。こっちはライター生命がなくなるんだよ、この話は、なしだ」

 と言い返して電話を叩き切った。私の悪いクセで、カッとすると後先わからなくなる。

 予定通り6月付で本を三一書房から出した。

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 もちろん三一書房の編集者には山口組とのいきさつを話した。すでに岸優君は三一を辞め、フリーの編集者になっていた。後任の増田政巳さんが担当だったから、彼には出版の前後、山口組が抗議に押し掛けてくるかもしれないと注意した。その場合には警察官に立ち会ってもらったらいい。相手に断った上、テープレコーダーを目の前で回すのもいい、と。ふつう、こんな物騒な注意は逆効果だろうが、さすがに三一は左がかった出版社である。山口組だからといって、とくにびくつくことも、身構えることもなかった。